「助けてください」涙の土下座で迫る人事部長――同情心を食い物にする「採用ノルマ」の狂気

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「近くまで来ています。昼休みに会えませんか。上層部から『早く決めろ』と迫られているのです」

岩崎の心は大きく揺さぶられた。あくまでも、職場環境の改善と従業員の心のケアに取り組み続ける自分でありつづけるべきか。

相手の「失言」で流されずにすんだが…

だが、部長の次の言葉が決定打となった。

「社長も『誰でもいいから連れてこい』と言っています。あなたが駄目なら、他の誰かを紹介してください」

通話の背後では、アジア系の言葉で怒鳴る声が響いていた。

――私を必要としているのではない。単に人員を欲しているだけだ。

そう気づいた岩崎は、毅然と告げた。

「強引な入社勧誘は職業安定法に抵触します。目的のために手段を選ばない行為は理解できません。ここは日本です。日本の法律に従ってください」

かつて教え子たちに伝えた言葉を思い出した。

「自分を大切にすることも、優しさなんだ」

いまや空前の人手不足。採用担当者は厳しいノルマを課され、時に違法で強引な勧誘に走る。

休職者や転職希望者の心の機微を突き、同情心や善意を利用するケースもある。岩崎の事例は、本来「企業と人材の相互理解の場」であるカジュアル面談が、採用担当者の境遇を押しつけられる「死のバトン」に変わった典型例だった。

転職に必要なのは能力だけではない。「お人好しをやめること」もまた重要な適性だ。岩崎はお人好しだったが、なんとか踏みとどまった。魑魅魍魎が跋扈する転職市場では、相手の事情を過度に考慮しないことこそ、成功への第一歩なのである。

川野 智己 転職定着マイスター/組織づくりLABO代表

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かわの ともみ / Tomomi Kawano

1962年生まれ。伊藤忠アカデミーの教育マネジャーを経て、大手人材紹介会社の教育研修部長として従事。斡旋した転職者の多くが早々に離職し、労働市場での価値を自ら下げている人(ジョブホッパー)が多く生まれている惨状に強い問題意識を持つ。

そこで、転職定着・離職防止に取り組み、8年間にわたり転職予備軍に対して「転職先での働き方・人間関係構築のノウハウ」を伝え、転職後のミスマッチ退職率を1年間で44.0%から9.1%にまで劇的に引き下げた。

その経験を活かし、2006年に組織づくりLABOを設立、代表に就任。日本初の転職定着マイスターとして、転職者および予備軍のべ約2000人に対して個別カウンセリングやセミナーを行っている。併せて、採用側の企業が取り組むべきリテンション(離職防止)策を普及させるべく、全国での講演登壇や主要経済誌への執筆、TV出演などの幅広い活動を行っており、労使両面からの「職場と働き手の最適解」を発信している。

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