なぜ物価は上がるのに給料は上がらないのか 「緊縮資本主義」がもたらす「百年の呪縛」の正体 ドラッカーも警鐘を鳴らした「人間なき経済学」の末路

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名探偵シャーロック・ホームズは「変装を見抜くことが探偵の第一の資質」と語った。

その意味で本書は、複雑な現代社会の「なぜ」を解き明かし、当たり前とされていることの裏にある力関係や意図を冷静に見抜くための探偵の眼鏡を、私たちに与えてくれる類まれな一冊と言えるだろう。

その読みどころを紐解いていこう。

覚醒した労働者とエリートの恐怖

物語の出発点は、第一次世界大戦後のヨーロッパである。

国家が経済の隅々にまで介入する「総力戦」を経験した社会は、もはや戦前と同じではありえなかった。

とりわけ決定的だったのは、極限状況を生き抜き、兵士として国家に命を捧げた労働者階級の意識の変化だ。

彼らは自らの社会的な力に目覚め、ストライキや工場占拠、生産管理のための評議会設立といった直接行動を通じて、歴史の主役へと躍り出たのである。

やがて彼らの要求は、単なる賃上げや労働条件の改善にとどまらなくなった。

生産手段の私的所有や賃金労働といった、資本主義の根幹そのものを問い直し始めたのだ。所有者や経営者がいなくても、自分たちの手で工場を動かせるではないか。社会はもっと公正に、民主的に運営できるはずだ――。

こうした思想は燎原の火のように広がり、既存の支配体制を崖っぷちまで追い詰めた。この時代の緊迫感を、著者は息を呑むような筆致で描き出す。

労働者からの激しい突き上げに対し、資本家や政府、国際金融界のエリートたちは、強烈な恐怖と危機感を抱いた。

彼らは、この秩序を揺るがす動きを鎮圧し、労働者階級の力を削ぐための即効性ある劇薬を求めた。そこで見出されたのが、ほかならぬ「緊縮策」だった。

著者が決定的な転換点として指摘するのが、1920年代初頭に開催されたブリュッセル(1920年)とジェノヴァ(1922年)の国際金融会議だ。この2会議の記述は、本書の第一のクライマックスと言ってよいだろう。

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