「ノスタルジア」が世界を滅ぼしかねない理由 「昔はよかった」が孕む甘い罠 ポピュリスト政治家が利用する「人民の新しいアヘン」の正体
ノスタルジアには、個人的ノスタルジアと集団的ノスタルジアの2種類がある。
個人的ノスタルジアは、自分の幼少期や青春時代を懐かしむ感情だ。
一方、集団的ノスタルジアは、メディアや政治家によって作り上げられ、共有された体験によって喚起されるもので、抽象的な概念であることも多い。
感情の普遍性と文化の多様性
ノスタルジアを理解する上で重要なのは、「感情」という概念そのものが時代や文化によって変化してきたという点だ。
今日の感情研究の多くは、感情が生得的で普遍的なもので、文化や共同体の違いを超えて存在するとしている。
しかし、歴史家や一部の科学者は、この説に異を唱える。たとえば、あるイヌイットのコミュニティには、私たちが「怒り」と呼ぶ感情に相当する言葉や概念が存在しなかったという研究がある。
ノスタルジアも同様に、その意味は時代や場所によって大きく変わる。
ドイツ語の「Sehnsucht(ゼーンスフト)」は、人生の不完全さに対する、過去を向いたユートピア的理想主義のような感情。
ポルトガル語の「Saudade(サウダーデ)」は、愛した物事や人への愁いを込めた憧れを指す。
そして、共産主義時代の東ドイツの生活に対するノスタルジアは「Ostalgie(オスタルギー)」と呼ばれ、ドイツ語の「Ost(東)」と「Nostalgie」を組み合わせた造語である。
このように、ノスタルジアを表現する言葉は多岐にわたり、正確な翻訳はほぼ不可能だ。
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