「ノスタルジア」が世界を滅ぼしかねない理由 「昔はよかった」が孕む甘い罠 ポピュリスト政治家が利用する「人民の新しいアヘン」の正体

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ノスタルジアの歴史をひもとくと、その意味が最も劇的に変わったのは、わずか100年ほど前のことだ。

もともとノスタルジアは、単なる感情ではなく「病気」だった。

1688年にスイス人医師ヨハネス・ホーファーがこの言葉を考案した。

ギリシャ語の「nostos(帰郷)」と「algos(心の痛み)」を組み合わせたこの造語は、故郷から遠い地で戦う傭兵たちがかかる病気として特定された。

患者は憂鬱症のような状態に陥り、食事を拒絶し、死に至ることもあった。

この病気はヨーロッパ中に広まり、奴隷にされたアフリカ人を運ぶ船を介して北米にも伝播した。

ホーファーが特定した患者は、故郷を離れた若者たちや傭兵が主で、特にスイスの牧歌的な歌「キューエ・ライエン」が発症のきっかけになるとされ、軍隊内での演奏が禁止された。

しかし、2つの世界大戦を経て、ノスタルジアは「死の病」から「普遍的な感情」へと変貌を遂げる。

第1次世界大戦と第2次世界大戦の間の20年間で、ノスタルジアは遠い場所に思いを焦がす病気から、過ぎ去った時代への比較的害のない憧れへと変わった。

1964年版の『コンサイス・オックスフォード現代英語辞典』が、ノスタルジアを初めて「過去のある時期に対する感傷的な憧れ」と定義した。

「人民の最も新しいアヘン」?

ノスタルジアは個人的な感情として快いものである一方、政治や社会に与える影響はあまり芳しくないという評判が根強い。

一部の左派評論家は、近年のポピュリスト運動を「神話化された過去の時代」へのノスタルジアをアピールしていると批判する。

ドナルド・トランプの「アメリカを再び偉大に」というスローガンや、ブレグジット(EU離脱)運動は、その代表例だ。

EUの首席交渉官ミシェル・バルニエでさえ、ブレグジットを「イギリスの過去へのノスタルジア」だと非難した。

社会学者のヤニス・ゲイブリエルは、ノスタルジアを「人民の最も新しいアヘン」と表現した。

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