なぜ保護者同士の対立は「泥沼化」するのか PTAでの"全否定合戦"を乗り越える方法

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もちろん、世の中には“納税の義務”のように「嫌でも、みんながやらなければならないこと」はあります。でも、PTAはそういうものではありません。また、やりたくない人にもやらせられるような“法的根拠”もありません。

逆に、たとえば小中学校で昨今増えている「巨大組体操」のように、大怪我をするリスクが高かったりすれば、「たとえ、やりたい人がいても、やめなければならないこと」もあるでしょう。

でも、PTAは、そういうものでもありません。

「全員で同じことをするべき」という呪縛

なお、こんな物わかりのよさそうなことを書いている筆者も、かつては「何でも全員でやるべき」という考えに縛られていたことを告白しておきます。

筆者が昔通っていた高校の文化祭には「全員参加のステージ」というダンスコーナーがありました。これについて、一部の生徒から「やりたい人だけでやる形にしてほしい」という声があがったとき「ワガママ!」と思ったのです。

今振り返れば、ダンスが苦手な人にとってはかなり苦痛なイベントだったと思うのですが、当時は「やりたくない」人の声を受け入れられませんでした。

なぜ受け入れられなかったか? 改めて考えてみると、理由は特になかったのです。単に「自分がやりたかったから」「やりたい人のほうが多かったから」「毎年やっていることだから」、“全員でやるべき”と思っていたのです。

でも今思えば、やりたい人だけがやるので、何も問題はありませんでした。

自分の子どもの頃を振り返ってみると、学校ではいつも「全員が同じことをする」よう求められ、そこから外れる子は「悪い子」とされていました。

そのため、私も含め、みんな「なんでも全員で同じことをしなければならない」という考えにとらわれがちなように思います。

でも実際は、全員が同じことをやらないと困るシーンなど、そうそうありません。これからの時代はむしろ、「全員で同じことをする」という考えに縛られていることによる弊害のほうが大きいように思います。

PTAに限らず、みんなそろそろ、発想の転換が必要ではないでしょうか。

大塚 玲子 ノンフィクションライター

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おおつか れいこ / Reiko Otsuka

主なテーマは「いろんな形の家族」と「PTA(学校と保護者)」。著書は当連載「おとなたちには、わからない。」を元にまとめた『ルポ 定形外家族』(SB新書)のほか、『PTAでもPTAでなくてもいいんだけど、保護者と学校がこれから何をしたらいいか考えた』(教育開発研究所)『さよなら、理不尽PTA!』(辰巳出版)『オトナ婚です、わたしたち』(太郎次郎社エディタス)『PTAをけっこうラクにたのしくする本』(同)など。テレビ、ラジオ出演、講演多数。HP

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