米国にとって中国は本当に手強い相手なのか 中国脅威論をデータで分析する

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このような過去を振り返るとき、中国は米国にとって途方もない強敵である。それは、現在でも中国のGDPは米国の6割程度であり、今後も増加すると考えられているからだ。中国はドイツ、日本、ソ連よりも確実に強い。だから、米国は軍事力を使って真正面から対立することに躊躇している。

今回、南沙諸島の12カイリ以内に軍艦を派遣したとしても、それを契機に米国が真正面から中国と対決することはない。軽くジャブを打って、相手の出方を見る。そんな動きをするはずだ。また、中国にしても、現在、米国と対決して勝てないことを十分に承知している。だから、口では強硬に抗議しても、軍事力をもって反撃に出ることはない。

東南アジア諸国は、それをかたずをのんで見守っている。もし、米国が1回ジャブを打つ程度で引き下がるのであれば、南シナ海の制海権は中国に落ちる。東南アジア諸国は独力で中国に立ち向かうことはできないから、中国の影響下で生きる道を模索することになる。

中国がASEANと共通経済圏を作りたいと言った場合、ASEANはそれをのまざるをえない。アジア版EU、日本抜きの中国版大東亜共栄圏と言ってもよい。それは、日本にとって悪夢以外のなにものでもない。

中国の脅威を軍事面に限定することは正しくない。本当の脅威は、中国が中国を中心とした経済体制をアジアに樹立したいと考えているところにある。そして、中国に対抗できる力は米国にしかない。もし、米国が中国をライバルとして認めてアジアの覇権を中国に譲り渡すことになれば、日本はアジアで孤立する。

中国の未来は経済成長にかかっている

日本の未来を考えるうえでも、中国から目を離すことができない。もし、中国が過去20年のような奇跡の成長を続けることができれば、中国は確実にアジアの盟主になる。その一方で、バブルの崩壊によって中国が「失われた20年」に突入するのであれば、アジアの覇者になることはない。

「失われた20年」に突入すれば、中国社会はバブル崩壊以降の日本以上に混乱することになろう。中国は国が大きいために、中央政府の力が弱まると必ず内乱が発生するからだ。それは歴史が証明している。

1989年の天安門事件以来、30年近くにわたって深刻な対立が起きなかったのは、経済が順調に成長していたからにほかならない。もし、バブル崩壊によって中国が「失われた20年」に突入すれば、それは共産党内に深刻な内部対立を引き起こすことになろう。それによって、共産党の支配が自壊してもおかしくない。今後、中国が日本や東南アジア諸国にとって深刻な脅威になるかどうかは、経済成長が持続するかどうかにかかっている。

中国経済が曲がり角を迎えたことは確かである。しかし、曲がり角を迎えたと言っても、それが本格的な停滞の始まりなのか、それとも一時的な調整に終わるのか、現時点で断じることはできない。中国が日本にとって真の脅威になるかどうかは、ここ数年の中国の経済動向にかかっている。日本の未来を考える意味でも、われわれは中国経済から目が離せない時代を生きている。

川島 博之 東京大学大学院農学生命科学研究科准教授

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かわしま ひろゆき / Hiroyuki Kawashima

1953年東京都生まれ。1977年東京水産大学卒業、1983年東京大学大学院工学系研究科博士課程単位取得のうえ退学(工学博士)。東京大学生産技術研究所助手、農林水産省農業環境技術研究所主任研究官、ロンドン大学客員研究員などを経て、現職。

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