「謝罪の場でなぜピンク色のジャケット?」伊東市・田久保真紀市長の会見に抱いた“強烈な違和感”…ピンクが伝えるメッセージは?
危機対応の場においては、個人の気分や好みよりも、その場が求める空気との調和を優先すべきである。視覚的に軽い印象を与える装いは、それだけで発言の重みや真剣さを希薄にしてしまう危険性がある。
さらに会見では、肝心の説明責任の中核となる「卒業証書の提示」はなされず、それでもその“卒業証書”について「私の中では本物」や「入手した記憶が曖昧」といった発言が繰り返された。
その中で、明るいピンク色のジャケットに身を包み、視線を正面に向けて辞意や再出発の意志を語る、田久保市長。
場の空気や説明責任の深刻さに対して、視覚的にも言語的にも緊張感が欠けているように映った。

服の色が「発言の重み」を左右する
謝罪会見では、自身の姿がそのまま“責任の重み”として見る人に認識される。
そのため、繰り返しにはなるが、田久保市長が選んだピンク色のジャケットは、視覚的な“軽さ”を強調する装いであり、説明責任を果たす場に必要とされる重みや整然とした態度とは食い違って見えた。
このギャップは、服装における情報のノイズとなる。違和感や誤解を与える色づかいは、話の信憑性や態度の真剣さに疑念を抱かせ、発言の本質をかき消してしまうからだ。
色彩は言葉以上に相手に伝える力を持つ。謝罪や説明責任が求められる公的な場面においては、たとえば、ネイビーやチャコールグレーといった色が冷静さや節度、理性的な判断力を連想させ、発言の信頼性を支える視覚的な要素となるだろう。
色によって相手に与える印象はまるっきり変わってしまうので、慎重な配慮が求められるのだ。
今回は、「ピンク色」が悪手だったと指摘したが、一方でピンクを主張の象徴として意図的に用いた成功例もある。
たとえばアメリカでは、民主党の女性議員たちがトランプ政権への抗議としてピンク色のパンツスーツを揃って着用し、女性と家族に不利な政策に対する結束の象徴とした。彼女たちは「ピンクで政治的意思を可視化」することに成功し、その文脈においてピンクは“集団のメッセージ”として機能していた。
この抗議では、視覚的な統一が「議会における女性のプレゼンス向上」という副次的なメッセージも担い、報道各社は、その強い結束や主張を写真や映像で視覚的にわかりやすく伝える手段として取り上げた。
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