危機的状況のJR加古川線「観光路線」になれるか 赤字ローカル線だが大阪・関西万博に合わせ増発

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加古川線はJR神戸線(山陽本線)の加古川駅と福知山線の谷川駅を結ぶ全長約48kmの路線で、全線が単線。駅で交換する方式で上下線を運転している。

通常ダイヤでは、最も加古川寄りの厄神―加古川間で1日に37.5往復だが、多くの列車は途中の西脇市までの運転だ。最も加古川から遠い西脇市―谷川間は1日に9.5往復。加古川駅から谷川駅までの全線を走る列車は1日に1往復しかない。

万博期間中は、日中の時間帯に西脇市―谷川間を2往復増発する形で、加古川から谷川まで全線を走る列車を1日3往復にした。さらに福知山線を走って大阪と城崎温泉を結ぶ特急「こうのとり」の一部が、加古川線と接続する谷川駅に臨時停車する。

加古川線 電車
通常ダイヤだと加古川線の全線(加古川―谷川間)を通して走る電車は1日1往復だけ(筆者撮影)

開業は大正時代にさかのぼる

加古川線は歴史のある路線だ。1911年(明治44年)に鉄道営業免許を取得した旧播州鉄道が加古川駅―国包(くにかね、現・厄神)駅間を1913年(大正2年)に開業させたのが始まりだ。

同年中に国包駅から、旧鍛冶屋線(1990年廃止)の西脇駅までが開通。その後、1924年に西脇駅の1つ加古川寄りの野村駅(現・西脇市駅)から分岐して福知山線の谷川駅まで延伸し、現在の加古川線が全線開業した。

住民の利便性向上だけでなく、近代以前に活発だった加古川の舟運の代替手段として、西脇市の特産品である播州織(ばんしゅうおり)などをより効率的に輸送することを目指した。

1939年には国有化。山陽本線と福知山線を結び、厄神駅から別所駅までの三木線、粟生(あお)駅からは北条町駅までの北条線、さらに鍛冶屋線と合わせて3つの枝線を持つ路線が国鉄加古川線という位置付けだった。

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