「芸術」と「わいせつ」、その境界線はどこに? 世界的に評価される「春画」は、わいせつ物か

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「これらを前提にすると、春画がわいせつ物といえるかどうかは、芸術作品といえるか否かではなく、今の時代の社会通念として、春画がわいせつの定義にあたるかどうかという判断をしていかなければなりません。

春画のわいせつ性について正面から検討した裁判例はありませんが、『春画』という言葉が、先に挙げた小説『悪徳の栄え』事件の反対意見のなかで出てきます。

奥野健一裁判官は『刑法175条の猥褻物に関する罰則は、主として所謂春画、春本、エロ映画の類を取締の対象として規定されたものと思われる』とし、結論として『悪徳の栄え』という小説について処罰の対象とすることに反対しています。

ただ、この反対意見は、立法当時の考え方のあくまでも例示の1つにすぎません。これをもって現代において『春画がわいせつにあたる』と考えるのは早計です」

いたずらに性欲を興奮させるものとはいえない

「また、男女の性交や性戯場面を露骨に描写した漫画を印刷掲載したという事案において、弁護人が証拠として提出した春画について、東京地裁は次のように判断しています。

『浮世絵ないし江戸時代や明治時代の春画は、それぞれに、著名な浮世絵作家の作品として、あるいは懐古趣味に応える歴史的文物として、興味を抱かせるものであり、性行為の指導書も、夫婦を中心とする男女の性生活の充実に資するものであるなど、本件漫画本とは、読者が興味の対象とする目的及び内容を異にしており、専ら読者の好色的興味に訴えるものとはいえない』(東京地判平成16年1月13日)

これも、正面から春画のわいせつ性が争われた事案ではないので、先例性はありません。しかし、『春画』に対する現代の評価としては、この感覚がもっとも社会通念に合っていると思われます。

つまり、出版物や映像などメディアが多様化した現代の社会通念において、『春画』がいたずらに性欲を興奮させたり刺激させたりするものとはいえず、わいせつ物に当たらないのではないかというのが私の意見です」 

伊藤 諭(いとう・さとし)弁護士
1976年生。2002年、弁護士登録。横浜弁護士会所属(川崎支部)。中小企業に関する法律相談、交通事故、倒産事件、離婚・相続等の家事事件、高齢者の財産管理(成年後見など)、刑事事件などを手がける。趣味はマラソン。
事務所名:市役所通り法律事務所

 

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