真の才能は「狂気に満ちた集中」から生まれる

IT時代にこそ「真価を発揮する才能」とは?

本当の才能を見いだし方とは。精神科医・名越康文の公式メルマガ「生きるための対話」からお届けしています(写真 : hanapon1002 / PIXTA)

「人は誰でも、その人だけの才能を持っている」ということがよくいわれます。確かに、一言で「才能」といっても多様です。頭がいい人には学者の才能があるかもしれないし、発想の斬新さを持つ人は、アーティストの才能を持っているかもしれない。運動能力の高い人は、アスリートとしての才能に恵まれている、といえるかもしれない。

でも、もしそういうものだけを「才能」と呼ぶのであれば、やはり才能というのは、一部の恵まれた人だけに宿るもの、というほかないでしょう。なぜなら、現実問題としてそれらの「才能」を開花させ、大きな成功を収めている人はごく一部だからです。あるいは、若い頃「才能がある」と評価されたとしても、その世界で20年、30年という時間を経てなお高い評価を得続ける人は残念ながら、わずかです。

才能は「わかりやすい評価軸」のないシロモノ

当記事はプレタポルテ(運営:夜間飛行)の提供記事です

しかし僕は、そうした現実を踏まえたうえで、やはり「人は誰でも、その人だけの才能を持っている」といいたい。それは僕が、「才能」というもの本質は「まだ他人からの評価が定まっていない能力」だと考えているからです。

計算が早い、歌がうまい、上手に踊れる、端正な文章を書く……もちろんそれらを「才能」と呼ぶことを僕は否定しません。しかし、後に世界を驚かせるような才能というのは、ほとんどの場合、その才能が現れ始めた初期の段階においては、そんなふうに「わかりやすい評価軸」で評価しようのないシロモノだったと思うんです。

考えてみれば当然のことです。まだその価値を評価する物差しを誰も持っていないような才能だからこそ、本当の意味で「世界を動かす」「世界を変える」ことができるのですから。

エジソンにしても、ライト兄弟にしても、スティーブ・ジョブズにしてもそうです。彼らのような天才は、社会的に成功するまでは、周囲から「変人」「役立たず」といわれることが多かったわけですが、まさにそうした「役立たず」と評価されるような部分にこそ、彼らの「才能」は宿っていたのです。つまりそれは、ほかの誰にも似ていない、その人独自の感覚世界に寄り添った能力、ということです。それは、周囲のほとんどの人間が正しくその価値を評価することが困難であるような感性です。

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