トヨタが仕掛ける雇用改革 期間従業員も組合員に

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経営側にとっては、組合員化が即「賃上げ」に結びつくわけではない。が、これから組合が一体的に要求してくれば、中長期的には確実にコストアップの圧力になる。実際、過去にあった再雇用者やパートの例では、労組として一時金など諸制度に関する要求を掲げた。「トヨタ労組の動きはわれわれにも及んでくる」と、あるグループ会社の役員は言う。春闘全体の相場形成においてもトヨタの影響力は大きい。

現在、トヨタグループ各労組で構成する全トヨタ労働組合連合会は29万人。上部団体の自動車総連は、国会議員を衆院1人、参院に2人送り出す(いずれも民主党)。組合活動に染みついた古いイメージはもはやなく、トヨタ労組の執務室があるカバハウスは、土地がトヨタ、建物が労組の所有で、フィットネスクラブやレストランにも賃貸している。

03年にはベア要求を見送って波紋を呼んだトヨタ労組だが、今春闘は業績好調を盾に、3年連続となる賃金制度改善分(実質ベア)について1500円を要求する。年間一時金(ボーナス)も過去最高に近い、250万円台を掲げるもくろみだ。

一方、これとは別に、会社側は臨時従業員の「正社員化」に乗り出した。トヨタ本体で正社員に転換した人数は、04年3月期の150人から、前期943人、今期は1200人に膨張する見込みだ。この流れはグループ企業でも同じで、デンソーでは06年3月期の61人が、今期は450人まで急増している。

1990年の入管難民法改正によって日系人の単純労働への従事が認められた結果、自動車メーカーが集積する豊田市や静岡県浜松市、三重県鈴鹿市などでは日系ブラジル人やペルー人の登録者数が突出して増えていった。トヨタ本体では雇用していないが、3次、4次の下請けまで含めれば、日系人は貴重な戦力。日本中の製造現場で人手不足の悲鳴が上がっており、「人材こそ最大の財産」(トヨタ幹部)というのが今日の経営者の共通認識だ。かつてトヨタが50年の労働争議で、1500人を整理した時とは隔世の感がある。

米GMは厚遇で沈没 どうなる国際競争力

ただしこの先も、現状と同じシナリオが続くとは限らない。
 前期で3期連続赤字が確定的な米ゼネラル・モーターズ(GM)。年金や医療費など退職者も含めたレガシーコスト(過去から継承したコスト)が財務をむしばみ、競争力を失わせていった。そのため手厚すぎた労務コストを削ろうと、医療費債務の分離や職種による時給半減など厳しい労働協約が、全米自動車労働組合(UAW)との間で改定されたばかり。大規模レイオフも進行中だ。

ある大手外資系証券アナリストは「生産性を回復した米国勢が攻勢に転じる可能性もある」と指摘する。トヨタの労務担当、木下光男副社長も労組の強気な要求には、「賃金は大きなテーマだが、自動車は国際商品だし、国際競争力も必要」と、クギを刺すのを忘れない。

労使が歩調を合わせるかのように、人材囲い込みに動くトヨタ。競争条件がますます厳しくなる中、今後この決断がどちらに転ぶかはわからない。そのうえで、あえてトヨタは大きな一歩を踏み出した。

大野 和幸 東洋経済 記者

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おおの かずゆき / Kazuyuki Ohno

ITや金融、自動車、エネルギーなどの業界を担当し、関連記事を執筆。相続や年金、介護など高齢化社会に関するテーマでも、広く編集を手掛ける。

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