そもそもシリアは「アラブの春」が波及した2011年に内戦が勃発し、様々な外国勢力が入り込み、泥沼化して今に至っている。
ジャウラニはそんなシリアに平和をもたらす「解放者」となりうるのか。
ジャウラニは1982年、父親の仕事で滞在していたサウジアラビアで生まれた。2001年のアメリカ同時多発テロでイスラム主義イデオロギーに惹かれ始め、2003年にアルカイダに参加。アメリカ軍と戦うため、イラクに移住した。
「西側諸国を攻撃する意図はない」
爆弾を仕掛けたかどでアメリカ軍に逮捕され、収監された収容所で注目されるようになる。釈放された後、内戦が始まったシリアに戻り、HTSの前身ヌスラ戦線を設立。アメリカはジャウラニを国際テロリストに指定し、1000万ドルの報奨金をかけた。
ジャウラニは、2015年頃から「西側諸国を攻撃する意図はない」と宣言し、態度を徐々に軟化させていく。2017年、シリア北西部で他勢力を制圧すると、地域の住民を支配した。反対派勢力を力で弾圧し、迫害したという報告もある。
今回の奇襲攻撃を開始して以来、ジャウラニは本名のアフマド・シャラを名乗り始め、穏健な発言に終始している。側近は「ジャウラニは現実主義者で、アサド政権後のシリアを安定させるという1つの目標に集中している」と語っている。西側との対立は自らの破滅につながることを理解しているのだろう。
実際、アメリカは現時点でHTSをテロ組織に指定したままだが、見直しの可能性について言及している。アメリカ国務省のミラー報道官は「われわれは組織の行動をもとに、絶えず制裁に対する姿勢を見直している。したがって、組織が異なる行動を取れば当然、われわれの制裁姿勢も変化する可能性がある」と述べた。
イスラエルはHTSに懸念を示している。指導者ジャウラニは「ゴラン出身のアブ・ムハンマド」というもう1つのニックネームを持つ。
1967年の6日戦争(第3次中東戦争)で、彼の祖父母がそれまで住んでいたゴラン高原から追放されたことに由来している。ジャウラニは、2000年に始まった第2次インティファーダ(パレスチナ人の蜂起)に影響を受けたという情報もあり、イスラエルに対する今後の彼の言動に注視している。
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