「やたら歴史で物事を語りがち」現代中国人の心理 『中国ぎらいのための中国史』安田峰俊氏に聞く

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――中国では歴史を日常的に”活用”しているそうですね。

自分が今置かれた状況を例えたり、また誰かを批判したり皮肉ったりする際などに、中国人はよく歴史上の人物や事件を出してくる。

2024年9月に深圳で日本人学校の児童が通り魔に殺害された事件があったように、中国で無差別殺人事件が相次いでいる。その状況を指して、インターネット上では「献忠(けんちゅう)」という言葉が広がった。

語源は明朝末期の武将である張献忠。明朝滅亡時の群雄割拠の中で四川省を支配した人物だ。ただ、彼が四川省を統治したときには清朝が勢力を拡大しており、天下を取る機会はもはやなかった。自暴自棄になった張献忠は無差別に臣下や四川省の人々を虐殺した。

直近の中国で起きている無差別事件も社会的に失敗して再起を図れない人たちが自暴自棄になったのが要因と言われており、それが歴史上の人物である「献忠」に例えられた。

歴史が「現実世界」にリンクしている

――張献忠は日本ではあまり知られていない人物ですが、中国では有名なのでしょうか。

大学受験のために勉強してきた人なら知っている程度には有名だ。日本でいうと、高校の「日本史B」の教科書などで太字になっているような人物だ。

現代中国政治にも歴史は自然と出てくる。かつて共産党の機関メディアで「李丞相はけしからん」という趣旨の文章が掲載された。ここでの李丞相は、秦の李斯と唐の李林甫を指しており、李という名字のけしからん宰相が歴史上にいたことを紹介して、当時の国務院総理(首相)だった故・李克強を暗に批判した。

李斯は、秦の始皇帝時代を描く漫画『キングダム』の影響もあり、日本でも馴染みが出てきたが、張献忠や李林甫はほとんど知られていないだろう。彼らは日本史の知名度で例えて言えば、橘諸兄や高師直くらいの存在だろうか。

仮に日本で何かを指して「伊達稙宗のようだ」と説明しても、「お前は何をいっているんだ」となる。ところが、中国では教養がないほうが悪いので、聞いて意味を理解できなかった側が気まずさを感じる。

また古典作品からの引用も頻繁に行われる。日本に当てはめると『土佐日記』や『南総里見八犬伝』の言葉が引用された話を聞いたとき、すぐにピンとこなければならない感覚だ。中国ではそれくらい歴史を自然な形で使っており、雑学ではなく現実生活にリンクしている。

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