男の言いぐさは、この部屋が嫌なら違約金を払えという脅しに等しい。言葉に詰まるマサルさんに対し、男はなぜか「じゃあ、市役所に行きましょうか」と促してきたという。
フリーランスとして動画編集などを請け負っていたマサルさんは昨年秋、突然住まいを失った。長年、定期借家契約を繰り返してアパートで暮らしていたが、家主が変わり、退去を求められたのだ。定期借家契約は普通借家契約と違い、原則契約更新ができない。新しい家主からは「よくわからない仕事をしている人には貸せない」と言われたという。
マサルさんはやむを得ず家探しを始めた。主だった家族とは死別しており、保証人を用意することができなかったが、これまで家賃滞納や隣人トラブルなどはなく、新居はすぐに見つかると踏んでいた。ところが、不動産会社を50軒以上回っても見つからない。保証会社の審査が通らないのだ。あるとき、たまりかねて保証会社側に理由を尋ねたところ「中高年の独身男性にはできるだけ貸したくない」という旨を告げられたという。
アパートを追い出されてから数カ月。多少あった蓄えは、家財を預けたレンタル倉庫代やホテル代にみるみる消えていった。不安なさいなまれながら年明けを迎え、藁にもすがる思いでネットで見つけた「今すぐに住めるお部屋がみつかります」などとうたう一般社団法人に連絡を取った。
ところが、この法人はいわゆる「悪質貧困ビジネス業者」であることが後にわかったという。住まいのない生活困窮者を郊外の不人気物件に割高な家賃で入居させ、生活保護を申請させたうえであらゆる手口で保護費を奪う業者のことだ。
悩んだ末に、生活保護の申請をした
実際、マサルさんがスタッフの男に連れてこられた築57年のアパートも、それまで住んでいた場所とは縁もゆかりもない、電車で2時間近くかかる神奈川県の物件だった。
当初業者側からは「生活保護とセットじゃないと契約は難しい」と言われたが、マサルさんは「家さえあれば仕事はできるので生活保護は考えていない」と伝えたという。このため男から市役所に行こうと言われたときも、公営住宅などを探すのだと期待した。生活保護の申請をさせられると気が付いたのは、福祉事務所で書類を手渡されたときだった。
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