日本の政治に「経済政策」などというものはない 経済政策の終焉か、政治そのものの終焉か?

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財政再建は経済成長の障害にはならない。なぜなら、経済成長戦略と、より整合的な増税あるいは歳出削減をすればいいのであり、「とにかくマクロ経済を拡大しなければならない」というのであれば、それは成長戦略ではなく、大規模景気対策という第2のカテゴリーのものであり、それは景気判断に基づきやるべきものである。

したがって、経済政策として取り扱うべきものは、いわゆる「成長戦略」に限られることになる。この話は、この連載でも議論したことがあると思うが、現在の成熟国の経済において政府による国家経済成長戦略というものは存在しない。あるいは、絶対にうまくいかない。なぜなら、世界経済における国家の役割が低下しているからだ。

財政健全化もかつては、国債の格付けが下がると、どんな優良企業でも国家の国債の格付けを超えられないから、すべての企業に影響があると言われてきたが(今でもそう信じられているが)、実際には日本国債よりもトヨタ自動車の社債のほうが信用力が高いのは誰の目にも明らかだ。そして、ストレートな社債でなくともさまざまな手法が存在するので、自国国家と企業の依存関係は薄まっていく一方だ。

産業政策の有効性も今やほとんど皆無

さらに、かつての日本の経済政策の中心と思われていた産業政策、これも現代においては有効性はほとんどないといえるだろう。政府が特定の産業を選んで、そこに集中投資をする(それを促す)というのは通用しない。

民間セクターに十分な資本があり、成功するとわかっている分野には過剰なまでに融資も資本も集まる。それでも政府が援助する必要があるのは、何らかの産業側に思惑がある場合だ。

例えば、EV(電気自動車)がその典型だ。欧州は「打倒トヨタハイブリッド」という下心や、ディーゼル分野での不正がばれて、ほかに選択肢がなくなったので、今度は環境問題を利用してEVオンリーにして世界を支配しようとしたが、補助金が続かず、また実用性にも大きく劣り(誰もがわかっていたことだが)、アメリカの離反だけでなく、中国に正面から対決されて負けてしまった。

半導体への補助が盛んだが、これも経済安全保障の名の下に、企業サイドにうまく補助金をかすめ取られているだけのことだ。

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