「アレルギー」名付けた学者の理論が黙殺された訳 専門家の間でも意見が分かれる定義とその歴史

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「アレルギー」の語は当初、異質な物質への曝露によって生体に引き起こされるあらゆる変容を指していた。

考案者であるピルケと、その同僚のベラ・シックは、天然痘ワクチン(当時はウマの血清から作られていた)を2回以上接種した子供たちの中に、ワクチンの効果が乏しかったり、接種箇所のかぶれや発熱といった炎症反応を起こしたりする患者がいることに気づいた。

シックとともに体系的な追跡調査を行う中で、ピルケはギリシャ語の「アロス〔異なる、別の〕」と「エルゴン〔仕事、はたらき〕」を組み合わせて「アレルギー」の語を考案した。

当時は免疫の研究そのものが黎明期にあり、血清やワクチンが一部の毒や感染症から体を守るしくみも、そもそも体が感染症にかかるしくみの詳細も、まだほとんどわかっていなかった。そんな中、ピルケは異物によって誘導される体内の変化(アレルギーの語源である「異なるはたらき」)が、病気に対する防御機構の鍵だと考えたのである。

ピルケの理論では、ワクチン接種による免疫獲得というポジティブな変化も、同じワクチンに含まれていた別の物質に対して生じるかぶれや発熱といったネガティブな変化も、異物によって患者の体に誘導される生物学的変容であり、同じ「アレルギー」の語でまとめられていた。

免疫系は病気から体を守るだけでなく、負の反応によって病気を起こすこともある——。そう主張するピルケのアレルギー理論は、免疫研究者の多くからは黙殺された。免疫学という新分野の基礎を作り上げた人々の間では、免疫系は体をひたすら病気から守るものだと考えられていたためである。

だが実際は、ピルケやシックら一部の臨床医たちが観察していたように、免疫系は間違いを犯すこともあった。病気から身を守る効果があるはずの血清やワクチン、あるいは辺りを飛び回る無害な花粉といったものに対して、かぶれ、皮膚の炎症、発熱などの反応を引き起こす患者たちがいたのだ。

時に体を病気にさせてしまうこともある免疫系

一度は黙殺されたピルケのアレルギー理論。しかし、臨床面と実験面での知見が蓄積されていくにつれ、他の医師や科学者らもまた、アレルギーの概念によって説明がつきやすくなる疾患が多いことに気づきはじめた。繰り返される喘息や蕁麻疹、季節性の枯草熱(今でいう花粉症)……。

1906年の提唱当時には反発を受けたアレルギーという現象は、1920年代後半には免疫学の一分野として専門的な研究が行われるようになっていた。

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