性にまつわる問題が“文明の衝突”を招く--イアン・ブル 米バード大学教授/ジャーナリスト

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米国が性的な行動を規制する法律を厳格に適用するのは清教徒的な伝統の反映だ、という解釈もありうるが、文化の多様性の結果だという可能性のほうが高い。移民社会においては、人々は多様な伝統や宗教を持つ国々からやってきて、性や女性の取り扱いについての見解も実にさまざまだ。

米国では均一的な慣習に頼ることができないため、法律だけが人々の行動を律する手段となる。歴史の長い共同体には慣習や伝統があるが、新しい共同体は裁判所と立法機関に頼るしかない。

文化的な対立をすべて法律で解決できる、と期待することはできない。しかし法律は女性解放のツールとして積極的な役割を果たすことができる。法律は強力な平等主義装置だとはいえる。西側諸国で奴隷貿易の廃止が実現したのは、ヨーロッパの文化が変化したからではなく、英国で法律の改正があったからだ。

日本ではこれまで、女性に対するセクハラが問題になると、(日本人の男は)外国に向けて、これは日本の文化の一面だと弁解してきた。そして女性である被害者は、それはそうだと受け止めて我慢することが多かった。

だが日本では、男性からの不快な誘いに反撃を試みる女性が徐々に増えつつある。その際、伝統や文化を否定するのではなく、法律家に相談し訴訟に訴える方法を採っている。

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