日経によるFT電撃買収は、うまくいくのか わずか2カ月で大型買収を決めた事情とは?

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ガーディアン紙の報道によると、リリース発表直後、FT編集室は騒然となったという。急なニュースであったことと、日本の新聞社に買われたことで、勤務場所の移動があるかどうかが懸念となった。

また、FTの編集の独立性が失われるのではないかという懸念も表されたという。FTグループのジョン・リディング会長は「編集権の独立権問題は交渉の中で重要な位置を占めた」として、保障されることを確約している。

ピアソンは米国の教育出版市場で主要位置を占める。米国市場は同社の売り上げの60%に上る。4万人の従業員が80カ国で働いている。

サーモンピンクの紙面がトレードマークだ

127年の歴史を持つFTの発行部数(紙と電子版)は73万7000部。有料購読者の70%が電子版の購読者だ。5年前は24%だった。2012年に電子版の購読者が紙版の購読者を上回った。紙版の発行部数は過去10年で半減し、最新の数字では21万部(英ABC)。電子版は急速な勢いで伸び、現在は50万4000部(前年比で21%増)。ウェブサイトへのトラフィックの半分がスマートフォンやタブレットによる。

デジタル化を進めてきたライオネル・バーバー編集長はFTに30年間勤務し、2005年から現職だ。昨年9月のガーディアン紙のインタビューで、「ジャーナリズムの中でももっとも恵まれた仕事の一つだろうと思う。すぐに辞める気はない」と述べていた。今回の日経による買収について、バーバー編集長は「FTは世界的な資産だ。新しい所有者と共に働くことによって、これを維持できることを確信している」。

最初は別の名前だったFT

そもそもFTがどのような会社なのかも、概説しておこう。

FTは1888年、銀行家ホレイショ・ボトムリーが「正直な金融家と尊敬できる仲買者」のために、「ロンドン・フィナンシャル・ガイド」として創刊した。当初は4ページ組みで、名前を「フィナンシャル・タイムズ」に変更。ロンドンの金融街(シティー)向けの新聞で、4年前に創刊されていたライバル紙フィナンシャル・ニュースと競争関係にあった。紙面をピンク色にしたのは1893年で、ほかの経済・金融紙と差をつけるためだった。

1945年、競合関係にあったフィナンシャル・ニュースと合併。執筆陣はニュース紙から、名前とピンク色の紙面はFTからもらったという。

FTは「経済専門紙だから電子版購読者を増やせたのだ」という見方がある。日経の電子版の伸びを見ても納得が行く説明だが、単にそう結論付けてしまうと見落とす部分があるように思う。

FTと並ぶ電子版成功例の英「エコノミスト」にも同じことが言えるが、FTは経済、金融を中心としているものの、政治、国際、社会、文化、論説といった幅広い分野の記事を掲載する。英国を含む欧州では経営幹部ともなれば、経済、政治のみならず、テクノロジー、アート、音楽、ワイン、旅、健康的なスポーツ、社会貢献活動など広いテーマについて知っていることが重要だ。

1部売りが一般紙より高いこともあって、読者は一般紙の読者よりも経済的に余裕のある人になるが、FTは経済・金融専門紙であることに加え、世界中にいる知識層向けの高級紙=クオリティー・ペーパーでもある。

日本で相当する新聞を探すとすれば、誰もが真っ先にあげるのが日経だろう。FTは英語媒体ということもあって、世界中のエリート層、知識人に読まれている。「FTがなければ、コメントできない」(No FT, No Comment)は著名な宣伝文句だ。

2008年頃の世界的な金融危機で、多くの新聞が広告収入の激減に苦しんだ。FTは「広告収入の上下に左右されない経営」を率先して実行した新聞だ。オーディエンスの計測に独自の方法を導入し、電子版アプリを独自開発など、「自前主義」の新聞でもある。

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