日テレ"敏腕P"がテレビマンを辞めた理由 三枝孝臣氏が描く、未来のメディアの理想像
テレビ局の現在と未来を考えるときは、「コンテンツ論」だけでなく「メディア論」の視点からも考える必要があります。コンテンツ論でいえば、ドラマ『半沢直樹』や『家政婦のミタ』のように、爆発的な人気が出て街の人々の口の端に上るような番組をもっともっと作らなければいけない。一方、メディア論でいうと、メディア接触の状況が変化し続ける中で、どうやってテレビの価値を維持、高めるかを考えていくべきでしょう。
テレビがコミュニケーションのハブだった時代は、コント番組『8時だョ!全員集合』を土曜日に見ないと、週明けの月曜日、学校で友達との話についていけないということがありました。子供のコミュニケーションに必要だったわけです。
テレビはこのようにコミュニケーションのハブであり続けなければ、ユーザーにとって必要なものであり続けることはできません。テレビの未来は、コンテンツ1つ1つを切り出してどうこう論じるものではなく、コミュニケーションのハブとして機能し続けるにはどう変化したらいいかを考え、ハブになるための新しい装置を生み出す必要があるのだと思います。
テレビ局の未来を切り拓く方法
1家に1台、広く遍く行き渡っているデバイスは、今でもテレビのみ。「テレビは通信ネットワークに接続されたデジタルサイネージ(電子看板)だ」と割り切ったとしてもすごい価値だという人もいるでしょう。ですが、そうはなってほしくない。
英BBCは、世界のコンテンツプロバイダーになる、と数年前に宣言しましたよね。米国には、テレビコンテンツの流通マーケットが存在します。
対して日本のテレビ局は、コンテンツプロバイダーであり、プラットフォーム事業者である垂直統合型モデルでやってきました。コンテンツプロバイダーとして大きく稼いではおらず、地上波で番組を流し広告収入を得るプラットフォーム事業者として稼いでいます。それでも日本では、最も強いコンテンツプロバイダーであることには間違いありません。
思い切って世界中で番組を販売し、コンテンツプロバイダーとして稼ぐほうに舵を切る。困難ではありますが、思いきり振り切って考えることができれば、日本のテレビ局の未来はまた違ったものになるでしょうね。
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