「パンの耳」から垣間見る店と客の"苦しい"懐事情 すぐ売り切れ?「みなさん喜んで持っていく」

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他店の“パン耳事情”はどうなのか?

記者は2日間、道行く先のパン屋を10軒ほど取材した。すると、なんとすべての店で耳を販売、もしくは無料で配っていた。

一見店頭で見当たらなくても、話を聞くと大半は「既に売り切れてしまった」とのこと。なかには「なるべくパン粉として店で再利用したいので、希望する方には“裏サービス”としてお渡ししています」という店もあった。

最近パン耳を見なくなったという記者の印象は、パン屋が売らなくなったからというより、人気のためすぐになくなってしまうせいなのかもしれない。

東急目黒線・不動前駅にある「ブーランジェリー アロー」(品川区) の店主・青地章子さん(40代)は、こんなことをつぶやいていた。

「日本もかつてはバブルだなんだと裕福で、パンの耳なんて見向きもされない時期もありましたが、今はみなさん喜んで持っていかれる。時代の流れだなと思います」

今回の取材で、どうしても訪れたいパン屋があった。記者が幼いころに母親と通った、東急池上線・石川台駅近くの商店街にある「フォンデュベーカリー」(大田区)だ。約20年ぶりに足を運ぶと、記憶どおり、今でも袋に詰められたパンの耳が売られていた。

こちらも記憶どおり、パワフルでおしゃべり好きな店主・藤本尚子さん(70代)は、あっけらかんと笑う。

「前は、誰でも自由にパン耳を持って帰れるようにしていたんですよ。でもお客さんたちが『申し訳ないからお金をとって』って言うから、今は20円でも100円でも、お気持ち次第でいただいてます」

900円のパンを“プレゼント”

フォンデュは、創業約40年の老舗。薄利多売のビジネスモデルである街のパン屋が、時代の荒波に負けずに生き残っている秘訣とは何なのか。藤本さんに尋ねてみた。

「いやほんと、大変ですよ。うちはサンドイッチの具の卵サラダなんかも全部手作りで、コストはかかるけど、だからこそコンビニと差別化できる。あとは近所の幼稚園や学校に卸したり、花火大会やお祭りに出店したり、訪問販売も一生懸命やってます」

だが、馴染み客風のネパール人の若い女性が店にやってきた際、フォンデュが長年愛され続ける真の理由が垣間見えた。

女性「お元気ですかー?」

藤本さん「まあなんとか頑張ってるよ。はいこれ、持って行きなさい」

女性「いえ、いつももらってます……!」

藤本さん「いいじゃない、いいじゃない」

藤本さんは、クリームチーズが練り込まれた大きな塊のパンを丸ごと、気前よく女性にあげてしまった。値段は900円相当だというが、「採算は考えない。私、大雑把だから(笑)」と言ってのける。

「売れ残ったパンは、近所の消防団に全部あげちゃうの。夜、ちょうどお腹がすいている時間みたいで、持っていくとみんな喜んで、訓練をやめて全員出てくるから困っちゃう。かわいいのよね」

店は繁盛しているようにみえるが、実際は「利益はそんなにあがってないよ」。それでも、地元に根を下ろし、多くの人と関わり合えることが何よりのやりがいだという。

先の見えない生活難のなか、店と客が支え合う。街のパン屋の姿に、市井に生きる人々のたくましさを見た気がした。

(AERA dot.編集部・大谷 百合絵)

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