ゴールデンカムイ「アシㇼパの村」はどこにあるか 北海道の小樽近辺の地形から紐解いていく

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ここに来て、アシㇼパたちの村がどこにあったのか、真面目に考えなければいけなくなってしまいました。しかし、まったく架空の地名を考えるのも、それはそれで大変なことです。そこで、アイヌ語地名というといつも頼りにしている山田秀三先生の『北海道の地名』を紐解いて「小樽市」という項目を見ると、次のように書かれていました。

「〔小樽の〕名のもとになった小樽内川は小樽郡と札幌郡(後には共に市)の境を流れていた川で、その川口は銭函の東、今は新川川口となっている処であった。そこは古く元禄郷帳(1700年)にも『おたる内』、同年蝦夷島絵図に『おたるない』と書かれた処で、当時アイヌのコタンがあって、和人もそこで漁場を開いていたものらしい。

後に運上屋を今の市街地内入船町に作り、小樽内川筋のアイヌをその周辺に移した。当初のうちは、当時の習慣で旧地の名をそのまま使って小樽内場所と称していたのであるが、後に下略して小樽と呼ぶようになった」(490頁)

つまり、今の小樽という名前のもとになったオタルナイという川が、もっとずっと東の方にあって、そこの住民が今の小樽市街に移されて、「オタル」という名前の元になったという話です。そしてオタルナイというコタン自体は、1700年にはその名前が確認されているものの、もうすでになくなっているということのようです。

ゴールデンカムイ
コタン所在地(図:本書より引用。制作:MOTHER)

それならば、アシㇼパたちの村としてこのオタルナイという名前を拝借させてもらえれば、現在実在する地名ではないのでそこの人たちにも迷惑はかからず、しかも何も説明しなくても小樽の近くだということは感じられますので、ぴったりではないかと思って提案させてもらいました。このように、連載が終了してからはじめて、アシㇼパとフチ、そして杉元が暮らしているコタンの名前が決まったのです。ということで、白石から杉元に来た手紙の宛先は、オタルナイという地名になっています。

ダムでできた湖はオタルナイ湖と呼ばれていた

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話はそれで終わりではありません。結局、最初に私が考えていた朝里川というのは関係なくなってしまったはずなのですが、その後であらためて地図を見ていると、例の朝里川のダムによってできた湖の名前が実はオタルナイ湖と呼ばれていることに気がつきました。

もちろんこれはダムによって人造湖ができた後につけられた名前です。しかし、かつてのオタルナイの住民の一部がここに移り住んで、もとの名前のオタルナイコタンを名乗っていたのだが、朝里ダムが1993年に竣工して湖の底に沈み、その村のことを記憶していた人たちによってオタルナイ湖と呼ばれるようになった……などと、勝手な想像をしてみてもいいと思いませんか?

中川 裕 千葉大学文学部教授

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なかがわ ひろし / Hiroshi Nakagawa

1955年横浜市生まれ。1978年東京大学文学部卒業。1984年東京大学人文科学研究科博士課程中退。専門は言語学、アイヌ語学、アイヌ口承文芸学。1995年第23回金田一京助博士記念賞受賞。2018年「アイヌ語復興への寄与」などにより、文化庁50周年記念表彰授与。週刊『ヤングジャンプ』誌掲載の野田サトル氏の漫画『ゴールデンカムイ』のアイヌ語監修者。著書として『アイヌ語をフィールドワークする』(大修館書店)、『アイヌ語千歳方言辞典』(草風館)、『アイヌの物語世界』(平凡社ライブラリー)、『語り合うことばの力』(岩波書店)、『アイヌ語のむこうに広がる世界』(SURE)、など多数。

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