「GDP4位転落」日本に数学嫌い克服が必要な理由 「何の役に立つのかわからない」というイメージ

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もちろんゼミには、もともと「数学好き」だった学生も半分以上は在籍していて、昨年度のゼミ生から茨城県、埼玉県、千葉県の教員採用試験に合格して本年4月から教員として新たなスタートを切る者もいる。ちなみに、筆者のゼミナール卒業生で全国で数学教員として活躍している者は、城西大学数学科時代から数えるとのべ200人ぐらいになるが、人や本などのちょっとした偶然の出会いがきっかけであり、内容は十人十色である。

参考までに歴史的に有名な数学者でもその傾向があり、たとえば「5次(以上の)方程式は一般に解けない」を初めて証明したアーベル(1802-1829)は、高校生の頃に受けていた数学の先生が生徒を殺してしまった。それに代わって赴任した数学の先生がアーベルの才能を見抜き、才能を開花させる指導をしたのである。

ここで指摘しなくてはならない大切なことがある。数学の研究者でなく教育者として求められることは、生徒各自の頭の中を見抜く力である。その力によって、個々の生徒に適切なアドバイスが可能になるのだ。学力差の激しい数学という教科では、これが最も重要なことだと考える。

以上述べてきたことを踏まえて、「数学嫌い」を減らす目的をもった著書を他の関係者と別々に刊行し、本年1月には『数学の苦手が好きに変わるとき』(ちくまプリマー新書)を上梓した。

ちなみにこの書では、数学は積み重ねの教科で算数が大切であること。数学は個人差が大きいので各駅停車の旅のようにゆっくり学ぶのも良いこと。数学の各分野である仕組み(代数)、変化(解析)、図形(幾何)、確率・統計などの視点を、順に、あみだくじ、ヤミ金融、名刺手品、(格差を測る)ジニ係数、などの身近な算数の題材をいろいろ用いて紹介。数学教育の歴史から考える未来、等々を「数学嫌い」の気持ちを大切にして述べた。

「数学嫌い」の抜本的な改善に必要なこと

筆者としての結論は、「数学嫌い」に関するデータの抜本的な改善には、行政も国民も一緒になった大きな動きを起こすしかない、と考える。その本質的な訳は、人が他の人を好きになるときも容姿、才能、趣味、心などの多様なきっかけがある。人が数学を好きになるときも同じで、「引き出し」はそれこそ無限にある。数学の題材や解法、実際の応用例、間違いは「間違い」と堂々と言える教科であること、等々をはじめ、多様な立場から数学に興味・関心をもつきっかけがある。

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