あなたが三単元のSを忘れようと、前置詞を間違えようと相手は何も気にしていないわけです。相手が気にしているのは一点。あなたが何を言おうとしているかなのです。決して間違えた数を数えて減点することなどしていません。
ちゃんと話せるようになるまでしゃべりません、という赤ちゃんを見たことがあるでしょうか?間違えたら恥ずかしい、と思う人は何にこだわっているのか、いま一度考えてみましょう。もしあなたが自分の体面を保つためだけ間違えたくない、と思っているならそれはどうでもよいことです、忘れてしまいましょう。
間違えて軌道修正することで伸びていく
そしてもうひとつ大事なことは、間違えることであなた自身は英語の成長という面で得をしているのだということ。試験では間違えたら減点ですが、会話の中ではむしろ加点される、そのくらいに思ってよいのです。言葉は間違えて、そこから軌道修正することで伸びていくもの、特に実用というところでは本当に大事な考え方です。
TOEICなどの試験では間違えないように、会話ではむしろそこで学び身につけた知識で思いっきり間違えながら話す、そういう感覚で英語を運用できる人は本当に伸びが早い人です。
という言葉があります。
学ぶこと、というのは正しいことを間違えてすること。そこから学ぶことが大切なことなのです。あなたの大切なプライドは「間違えないこと」ではなく「間違えながら成長できたこと」に使いましょう。間違いの数はあなたの誇らしい勲章です。
いざ英語を話そうとすると、たくさんの英語で言えないことにぶつかります。その時に脳内で起こることは母語である日本語が浮かんでくる、ということなのです。
退社時間に外国人の同僚とすれ違って何か声をかけようとする。通例通り「お疲れ様」という日本語が頭をよぎるわけです。
そこで、はて「お疲れ様って英語でなんていうんだろう」という疑問が浮かんでくる、でもってそれを英語にとっさにしようとする「うーん, you must be tired. かなあ。」
なんて発想になんてしまう。もちろん考えている間は無言なわけで、気まずい沈黙とともに「やっぱり英語を話すって難しい…」と思ってしまう。これが通訳病です。
この頭に浮かんだ日本語を英語にする、という作業は決して英語を話す、ということとは一致しません。これはむしろ通訳者がやる熟練の技なのです。
英語を話すという感覚は頭に浮かんだ日本語を英語にする、というプロセスではなく、感情や意図に合わせて英語が直接浮かんでくる感覚です。
頭の中に浮かんだ日本語が簡単なら問題はないのですが、それこそ英語にはない日本語特有の表現が浮かんできたらもう大変。「よろしく」「善処します」「ままならない」などなど、こんな言葉それこそプロの通訳者でも頭を悩ます変換作業で文脈と意図を汲み取って英語の収まりの良い形に落とし込むしかないわけです。
英語を話すという事においてあなたに求められているのは決してそんな大変なことではないのです。
大事な事は頭に浮かんだ日本語をブレイクダウン(分解)し、そして伝えたい意図をナローダウン(狭めていく)していくことです。
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