人工知能が私たちの仕事を奪う経済学的な根拠 AI失業を軽視する考えはどこがおかしいのか?

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サービス業では物理的な定型作業が少ないため、20世紀までは機械化があまり進みませんでした。

たとえば美容師の仕事は、ハサミの向きをその都度微調整しながら髪をカットするような不定形な作業が多く、機械化が困難でした。19世紀から20世紀までに、工業製品は機械化がもたらす生産性の上昇によって大量に作れるようになりました。

しかし、1人のお客さんの髪の毛をカットにするのにかかる時間は、昔も今も30分程度とほとんど変わらず、生産性の向上が見られないのです。けれども、21世紀になってからはITがサービス業を効率化し、いくつかの職種で雇用を減らすようになりました。

日本ではまだ目立った動きはありませんが、アメリカではすでに旅行代理店やコールセンターのスタッフがITによって仕事を奪われ、清掃員や介護士に転職するような事態が発生しています。

要するに、サービス業内の「ホワイトカラー」(知的労働者)から「ブルーカラー」(肉体労働者)に労働移動しているのです。その際、たいていの場合賃金は低下するため、アメリカにおける賃金の中央値(中間の人の賃金)は、伸び悩んでいます。

つまり、一般的な労働者は豊かになっていないのです。アメリカでは、続く2010年代のフィンテックブームのさなかに、AIが資産運用アドバイザーや保険の外交員といった専門職の雇用を減らしていきました。

AIの影響は金融業からすべてのホワイトカラーへ広がる

これらの雇用が減ったのは、資産運用や保険に関するアドバイスをしてくれる「ロボ・アドバイザー」というAIを組み込んだソフトウェアが登場したからです。証券アナリストは、企業業績などをもとに投資の判断に必要なレポートを書くのがおもな仕事です。こちらもAIがそうしたレポートを書けるようになったため、雇用が減少しました。

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金融業は数値データをおもに扱うため、元来コンピュータに向いています。そのような事情が背景にあり、金融に役立てられるようなAIはすでに2010年代に普及していたのです。しかし、簡単に文章を書いたり画像を作ったりすることができるAIは、当時はまだ登場していませんでした。それゆえに、金融業以外の多くのホワイトカラーにとってAIの脅威は対岸の火事だったのです。

ところが、生成AIは言葉や画像を扱うあらゆる職業を脅かしています。その職業とは、ホワイトカラーのほぼすべてです。今後、AIによって生産性が向上する分、また別の業務が増えて雇用は維持されるのではないかと考える人もいるでしょう。

しかし、銀行業を見る限りはそうはならないと予想できます。というのも、日本の銀行員の数は2018年には約29.9万人だったのですが、2022年には26.4万人にまで減っています。ほかの産業に先駆けて、AIによる影響をこうむった銀行業で雇用の減少が起きているのです。

ほかの業種でも、同様のことが起きるはずです。これからホワイトカラーは、ブルーカラーへ移動するか、AIにはない能力を発揮するか、失業を甘んじて受け入れるか、といった選択を迫られるでしょう。

井上 智洋 駒澤大学経済学部准教授

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いのうえ ともひろ / Tomohiro Inoue

駒澤大学経済学部准教授、早稲田大学非常勤講師、慶應義塾大学SFC研究所上席研究員、総務省AIネットワーク化検討会議構成員。博士(経済学)。慶應義塾大学環境情報学部卒業。2011年に早稲田大学大学院経済学研究科で博士号を取得。早稲田大学政治経済学部助教、駒澤大学経済学部講師を経て、2017年より同大学准教授。専門はマクロ経済学。最近は人工知能が経済に与える影響について論じることが多い。AI社会論研究会共同発起人。著書に『新しいJavaの教科書』『人工知能と経済の未来』『ヘリコプターマネー』などがある。

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