人工知能が私たちの仕事を奪う経済学的な根拠 AI失業を軽視する考えはどこがおかしいのか?
もう1つ、AI失業に関する議論をミスリードしているのは、「人間を代替する技術」は雇用を奪う可能性があるが、「人間の能力を拡張する技術」は雇用を奪わず、むしろ生産性を高めるといった主張です。
たとえば、レジ係とセルフレジは代替的です。それに対して、パワーポイントのスライドを作成してくれるAIは、私たちの能力を拡張するものと考えられます。営業で頻繁にパワーポイントを使う人は、こうしたAIが登場することによって労力を節約でき、その分より多くの仕事をこなせるようになります。こうして、拡張的な技術は生産性を向上させることができるというわけです。
しかし、「代替」と「拡張」には見かけほど違いがありません。セルフレジが導入されてレジ係が必要なくなれば、より少ない店員でこれまでと同じ量の仕事を回せるようになります。そのため、店舗をもう1軒増やすことが可能になるかもしれません。そうであれば、店員の能力が拡張されたものと考えることができます。
逆に、スライド作成係という職業があった場合、AIがスライドを作成できるようになれば、その係の人は解雇されるかもしれません。あるいは、そのような専門の職業がなかったとしても、スライド作成の手間が省ける分、より少ない人数で営業を行えるようになるため、営業職の雇用が減らされる可能性があります。
代替と拡張が異なって見えるのは、代替され得る専門の職業があるかないかだけのことであり、全体として労力が節約できるようなることには変わりありません。いずれの場合も、生産性が向上し、それがために技術的失業をもたらす可能性があることには注意すべきです。
生産性の向上が技術的失業をもたらすのはなぜか?
これまで私は、「AIは失業をもたらすのではなく、生産性を向上させるものだ」と主張する記事をいくつも目にしてきました。この主張もまた、ミスリーディングにあたるでしょう。
なぜなら、生産性向上と技術的失業は、ある局面では裏表の関係にあるからです。新しい技術の導入によって、1人で3人分の仕事ができるように人間の能力が「拡張」されれば、3人のうちの残る2人は必要なくなり、解雇される可能性があります。この点は、先ほど述べたように「拡張」でも「代替」でもさほど変わりありません。
そして、実際に雇用が減少するかどうかは、需要の動向に依存します。生産性が高まったために商品の価格が低下して、それによって需要が十分増えれば雇用は減少せず、増大することもあります。要するに、値段が安くなったのでたくさん商品が売れて、それにより仕事が増えるという状況です。
たとえば、産業革命期に織機の導入によって綿製品が大量生産できるようになり、安くなりました。それによってたくさん売れるようになり、当時のイギリスの人々が綿のパンツを穿くという新しい習慣ができるに至ったほどです。そして、手織工の減った分を補ってあまりあるほどに工場労働者の雇用は増大しました(ただし、職を失った手織工の人たちがすぐに工場労働者になれたわけではなく、長らく失業状態におかれたことには注意すべきでしょう)。
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