民間企業での原発は限界、国家主導で統合的運営を--日本総合研究所理事長・寺島実郎
無限賠償責任負う企業に原発運営は任せられない
ただし、今の9電力プラス日本原子力発電、電源開発、という「国策民営」体制には甚だ問題がある。国家がより責任を持って、踏み込んだ体制にしていかなくてはならない。
たとえば今回の福島原発事故を見ても、その賠償スキームによれば、東電は現状のままで「機構」なるものを設立し、財政多難な国は真水のカネを一文も出さず、長期にわたって東電にカネを貸し付ける。東電はそのカネで10兆円を超すような賠償金を支払い、その後は数十年にわたって借金を国へ返すだけの企業となる。給与はカットされ利益も出ない会社では、社員のモチベーションがなくなり現場力も落ちる。そんな企業に原発をやらせていていいのか。
要するに、無限賠償責任を負わせた民間企業に、原発は任せられないということだ。何か事故が起きたら10兆円にも及ぶ賠償が発生するような会社の経営は成り立たない。
技術者の分散という問題もある。原発を運営している9電力プラス2社には約9000人の原子力技術者がいるが、それぞれ独立した企業であるため、東電の原発で事故が起きても、他の会社は自社の技術者を福島に出せない。もし彼らが被曝でもしたら経営責任を問われかねないからだ。つまり、独立した企業がそれぞれ原発を運営している現状では、事故が起きても技術者を結集させて対応することができない。さらに株式会社という組織では経営の効率性が重要視され、福島第一原発1号機のように古いと思っても、使い続けてしまう経営判断が行われがちだ。
しかし、国家の意思として、統合された形で原発を運営していれば、古いものから順次廃炉にして、より新しい安全なものに切り替えていくこともできる。
もう一つ重要なことは、国家主導といっても“親方日の丸”の国策会社で、無責任な、現場力のない体制になってはいけない。そこで大切なのが「開かれた原子力」の体制にしていくことだ。つまり、経営の国際化ともいうべき体制作りで、日本は平和利用に徹した透明な経営をしている、というすごみを世界に見せていく。たとえば、経営トップは必ずしも日本人でなくていい。再処理問題などでアジアの原子力の安全と安定を図るための礎石になる、ぐらいの姿勢を見せていくべきだろう。