南シナ海危機は日本の存立危機事態ではない 日米共同パトロールはリスクが大きすぎる

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そして、肝心なことだが、アメリカは中国と国境を接しているわけではない。彼らはいつでも逃げ出せる。尖閣でそうしたように、いざとなれば、優柔不断な態度でお茶を濁すことができるのだ。その結果が今日の南沙の事態であることは、言うまでも無い。オバマ政権の腰が引けた尖閣問題へのアプローチが、中国への誘い水になったことは疑いようが無い。中国は今、対中政策が不透明になる米大統領選挙の前に既成事実を完成させようと必死である。

封鎖があったとしても迂回できる

最初の命題に戻ろう。「南沙を巡る状況は、我が国の存立危機事態にエスカレートする危険がある」との命題だ。私の考えでは、この命題は真ではない。たとえ最悪の事態を迎えて、中国が南沙一帯を封鎖しても、船舶はフィリピン東側へ迂回すれば済むのだ。そのコスト増は、こと原油に関しては、価格に上乗せしても末端のガソリン価格にはたいして影響しないレベルに留まるだろう。

しかし、海域を封鎖するとなれば、自国に向かっている船舶も影響を受ける。中国船ばかりが中国の港へ向かっているわけではないし、海事保険料の上昇は全ての船主にのし掛かる。中国もまた損害を被るから、そう簡単にできる話ではない。

さらに最悪の最悪のケースを想定するなら、南沙の基地から飛び立った中国の戦闘機が、フィリピン東側へと迂回した日本の船舶をミサイル攻撃するという事態も考えられるが、これはいささかナンセンスだろう。なぜなら、瀬戸際政策と戦争は全く別のフェーズである。

中国の指導部は傲慢で、瀬戸際政策に秀でているが、戦争を起こすほど愚かではないと信じたい。もしそんな事態を招いたら、より大きな犠牲を払うことになるのは中国の方である。なぜなら日本は、中国の太平洋航路を完璧に封鎖できるからだ。いずれにせよ、それはもうホット・ウォー。戦争である。

封鎖まで行かなくとも、偶発的事故を契機に、タンカーが該当海域を回避して遠回りを強いられるという事態は十分ありうる。南沙での中国の傍若無人な振る舞いは決して許されることでもないし、こうした事態への国際貢献、対米貢献は大いに結構なことだ。

しかし、思い出して欲しい。尖閣を巡って、日本がもっともアメリカのバックアップを欲していた当時、アメリカがどのように振る舞ったかを。彼らは、尖閣に射爆場まで設定していながら、徹頭徹尾、領土紛争不介入の立場を貫き、中国国内で日本車が焼き討ちに遭っているすきにGM車を売りまくったのである。

アメリカはいざとなれば、汚れ仕事を日本に押しつけ、梯子を外すくらいのことは平気でする可能性がある。「国家に友なし、国益のみ」。同盟関係と言えども、それが国際政治の現実である。

大石 英司 軍事サスペンス作家

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おおいし えいじ / Eiji Oishi

1961年生まれ。鹿児島県出身。経済紙のライターを経て1986年「B-1爆撃機を追え」で作家デビュー。主に軍事問題をテーマに取材、著作活動を行う。代表作に「神はサイコロを振らない」「尖閣喪失」。

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