スイスの高級時計、「輝かしい」ブームにお別れ 高額出費をいとわなかった消費者心理に変化

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しかし、実際はその逆だった。パンデミックは裕福な人々に人生は短いとあらためて感じさせた。インスタグラムやユーチューブでロレックスの「デイトナ」やパテックフィリップの「ノーチラス」を自慢する新世代のソーシャルメディアインフルエンサーの触発もあった。

再開した店舗では顧客が列を成し、月面で着用された最初の腕時計として有名なオメガ「スピードマスター」の廉価版である「ムーンスウォッチ」をスウォッチグループが2022年3月に発売したときには大人気になった。 

「ムーンスウォッチ」Photographer: Arnd Wiegmann/Bloomberg

 

「ミッション・トゥー・ムーンシャイン・ゴールド・ムーンスウォッチ」を購入するたに並ぶ顧客(東京)Photographer: Kiyoshi Ota/Bloomberg

こうしたブームにより、スイスの時計輸出は21年に過去最高を更新。この年、米国が中国を抜いて最大の市場になった。22年も記録を塗り替えた。スイスの時計業界は今年も過去最高の業績を記録する勢いだが、これは上期が中心だ。市場は最近、より不安定になっている。

減速はすでに業界全体に波及

「9月と10月は厳しかった」と3000-5000フランのエントリー価格でスポーティーな腕時計を製造しているノルケインのベン・カッファーCEOは言う。「いつもよりずっと鈍い。米国では間違いなく鈍化した」と指摘し、ハマスとイスラエルの戦争が消費者心理の変化の一因との見方も示した。同CEOは今年の売り上げを50%増と予想していたが、30%増に下方修正した。

スイス時計業界のリポートによれば、10月のスイス時計輸出は前年同月比で約5%の伸びを示したが、安価な時計がけん引役だった。スイスにとって、時計産業は経済の重要な一部。3位の輸出部門であり、約6万人を雇用している。

減速はすでに業界全体に波及。スイスを拠点とする部品サプライヤーは、かつて人手不足にあえいでいたにもかかわらず、人員削減を始めたと複数の時計メーカー幹部が語っている。米国を拠点とする時計コンテンツプロバイダー・小売会社のホディンキーは最近、人員削減の第2弾を実施した。

始まりつつある市場低迷の一因は業界の自業自得と言えるかもしれない。需要が急増し、インフレ急加速がコストを押し上げると、業界は値上げのチャンスに飛びついた。

年間100万個余りの時計を製造し、90億フランを超える売上高があると推定される業界大手のロレックスは、22年に2回の値上げを実施。恒例となっている1月の値上げに続き、英国では9月に、欧州市場では11月に、ポンド安とユーロ安を補うために値上げに踏み切った。ロレックスは今年1月にも米国と英国で値上げを行った。

スウォッチ傘下のブランド、オメガとロンジン、ティソは2月に欧州と英国で値上げ。オメガは7月に米国で8%値上げを行い、モルガン・スタンレーのアナリストは売り上げに打撃を与える可能性があるとみている。

原題:The Record Rush to Buy a Rolex or a Patek Philippe Is Over (抜粋)

--取材協力:Julius Domoney.

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著者:Andy Hoffman

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