「妻の姓を名乗る私」から見た夫婦別姓論の"本質" そこには「近代社会の不安」が凝縮されている

✎ 1〜 ✎ 28 ✎ 29 ✎ 30 ✎ 31
拡大
縮小

改姓に伴う同様の支障などから不便を感じている人は多い。だが、1996年に法務大臣の諮問機関である法制審議会が、「選択的夫婦別氏制度」(法務省は「別姓」ではなく「別氏」と呼称している)の導入を答申(「民法の一部を改正する法律案要綱」)して以後、何ら進展はない。

冒頭に述べたように、強制的な夫婦同姓を定めた民法750条について、これまで多くの違憲訴訟が提起されてきたが、最高裁は、夫婦同姓制度は憲法に違反していないとの判断を繰り返している。ただ、これは選択的夫婦別姓制度を全否定したものではない。

法務省も「これらの最高裁判所大法廷の判断は、いずれも選択的夫婦別氏制度に合理性がないとまで判断したものではなく、夫婦の氏に関する制度の在り方は、『国会で論ぜられ、判断されるべき事柄にほかならないというべきである』と判示しているもの」と注釈している(「選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について」)。

日本で制度改正が進まない理由

世界の先進国を見ると、もはや日本だけが夫婦同姓制度を維持しているのが実態にあるが、この事実もあまり知られていない(「参議院議員糸数慶子君提出選択的夫婦別姓に関する質問に対する答弁書」)。2010年に法務省が行った調査によれば、アメリカ、イギリス、ドイツなどは夫婦別姓が選べ、韓国、中国、フランスなどは原則夫婦別姓となっている。

日本で例外が認められるのは、外国人と結婚した場合だけだ。俳優の中谷美紀さんが先日あるイベントのトークセッションで、ドイツ人の夫と結婚後も姓を残した理由を話したことが報じられた。これは、外国人は戸籍制度の対象外で民法750条が適用されず、夫の姓に変更する場合に届出が必要となる規定のことを指している(戸籍法107条2項)。

日本で制度改正が遅々として進まないのは、依然として「家族の絆が壊れる」という考え方が一定の力を持っているからである。しかし、仮にこれが本当なのであれば、明治以前は家族の絆が壊れていたことになる。歴史的には、夫婦同姓はつい最近始まったものでしかないからだ。

日本法制史学者の熊谷開作は、明治維新以前「多くの庶民は、農村でも都市でも『氏』とは無縁であった」と述べる。そして、「明治初年から民法の実施が近づいてきた同二十年代の後半まで、妻は婚姻の後も生家の氏を称するものとされてきた」と解説する(『日本の近代化と「家」制度』法律文化社)。

そして、重視されていたのは「生家ノ氏」であり、「『夫ノ家ノ氏』の観念は、日本では、それほど古いものではなかった」としている。その根幹にあったのは「家」と「氏」の結び付きであり、「どこの家」の者かを明確にすることであった。

関連記事
トピックボードAD
政治・経済の人気記事
トレンドライブラリーAD
連載一覧
連載一覧はこちら
人気の動画
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】新興国化する日本、プロの「新NISA」観
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
【田内学×後藤達也】激論!日本を底上げする「金融教育」とは
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
TSUTAYAも大量閉店、CCCに起きている地殻変動
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
【田内学×後藤達也】株高の今「怪しい経済情報」ここに注意
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
会員記事アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
トレンドウォッチAD
東洋経済education×ICT