視野が広がるどころの話ではない。完全に未知の世界である。探究心旺盛な美紀子さんは大いに興味を持ったが、ハリルさんの家族の反対を押し切ってまで結婚しようとは思わない。交際していることだけはお互いの両親に報告することにした。交際が始まって5年後のことである。
トルコ人には親日家が多く、ハリルさんの両親も最初から好意的だった。「トヨタ。頑張り屋。蛇を食べるのか?」などの会話で和やかに交流。8人きょうだいの4番目であるハリルさんには、美紀子さんのいないところで「11歳も年上だというからどんなおばあさんかと思ったけれど、意外と若い」という感想を伝えたという。
今度は日本でハリルさんを美紀子さんの両親に紹介する番だ。ともに教員だった両親は美紀子さんの自主性を尊重し続けていたが、実際は長女が1人で年を重ねていくことを案じていたらしい。人あたりがいいハリルさんは美紀子さんの両親の前でも如才なさと可愛げを大いに発揮して、「この子ならいいんじゃないか」というお墨付きをもらった。
夫婦二人ならば10万円もあれば暮らしていける
ハリルさんは学生時代にイスタンブールで兄と共同生活をしていたことがあり、比較的家事ができる。料理は美紀子さん、掃除はハリルさんというゆるい分担ができている。家計は毎月同じ金額を共同口座に入金して賄っている。
「最近は物価が上がっていますが、夫婦二人ならば10万円もあれば暮らしていけます」
子どもの頃は牧羊の手伝いをしていたというハリルさん。のんびりと穏やかな性格で、演奏会前にはピリピリしている美紀子さんを不思議そうに見ている。
「オペラを観たことも劇場に行ったこともないそうです。芸術家がどのように時間を捻出して1人で芸を磨いているのかも興味深いのだと思います」
美紀子さんから見たハリルさんも新鮮だ。常に仲間と一緒にいて、みんなとコミュニケーションをとりながら商売を続けていることに関心が尽きない。
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