「台湾への武力不行使」を周恩来に約束させた男 立正大学名誉教授・増田弘氏インタビュー

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実践の先に目指すのが、仏教で掲げる世界平和だ。その実現のために、不合理な行為にはGHQなど時の権力者へも敢然と戦いを挑む。宗教的倫理を支柱とし、言論界で経済や政治学などの学識と議論のすべを身に付けていた点が、ほかの政治家と一枚も二枚も違う。

──日中米ソ平和同盟構想を掲げ、批判を受けながらも中国を訪問した点にも湛山の胆力を感じます。

小日本主義を実践する際に大きな障害となったのが冷戦だ。それを解決するためには日中米ソで話し合って提携していくしかないのだと湛山は訴えた。

「日中米ソ平和同盟と言っても、社会からは一笑に付されるだろう」と湛山は言う。

ただ、続けてこう説明する。なぜ日中、日ソの関係が悪いのか。それは台湾や北方領土へ米国が関与することを中国、ソ連が恐れているからだ。台湾問題にしろ、北方領土問題にしろ、解決するためには日中米ソの4カ国で話し合うしかない。そうすれば極東問題は解決し、アジア全体、ひいては世界の平和につながる。だから日中米ソ平和同盟をやるしかない、と。理想論ではなく、極めて現実的な構想だ。

周恩来首相と会談

訪中して周恩来首相と会談した際、湛山はこの構想を打ち明け、賛成を得た。さらに極めて重要なのが、武力でもって台湾を統一することはしないという約束を取り付けたことだ。ところが池田勇人内閣はポスト冷戦時代を理解できず、中国との関係を改善できなかった。残念ながら湛山の平和構想は形にならなかった。

第1次訪中で周恩来首相と会談した(写真:毎日新聞社)

──冷戦を利用して日本の国際的優位性を高めようとした岸信介元首相とは対照的です。

岸の頭にあったのはポツダム体制の否定だ。そのために冷戦を利用し、米国と対等な関係を築こうとした。台湾の蒋介石と面会した際には「大陸反抗」をたたえた。蒋への賛辞というより米国への「おべっか」。冷戦を終わらせようと奮闘した湛山とは正反対だ。

湛山にも弱点があった。権力に淡泊で政治的駆け引きができなかった点だ。そこが政治家湛山の限界だが、同時に、没後50年経っても人々を引きつける魅力であるのかもしれない。

(聞き手:大竹麗子)

大竹 麗子 東洋経済 記者

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おおたけ・れいこ

1995年東京都生まれ。大学院では大学自治を中心に思想史、教育史を専攻。趣味は、スポーツ応援と高校野球、近代文学など。

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