ボルバキアは65%以上の昆虫種に感染している共生細菌です。宿主のさまざまな器官に感染しますが、卵巣にはほぼ確実に存在しています。ミトコンドリアのように母から子に伝わる性質を持つため、ボルバキアが次世代に子孫を伝えるためにはメスに感染しなければなりません。
研究が進むにつれ、ボルバキアは宿主の昆虫種によって異なる4種類の性・生殖操作を行って、自己の繁殖が有利になるようにしていることがわかりました。
ボルバキアが行う宿主の性・生殖操作は、次の通りです。
②単為生殖 メスがオスなしで子孫を産めるようにする
③性転換 遺伝的にオスである宿主をメスに変える
④オス殺し オスの卵のみ発生初期に殺し、メスだけが生まれるようにする
この細菌は1924年にアカイエカから発見され、1936年に Wolbachia pipientis(ボルバキア・ピピエンティス)と命名されました。しかし、その後数十年間は、ほとんど注目されませんでした。
ボルバキアが再注目されるのは、1971年にアカイエカにおいて、ボルバキアによる「細胞質不和合」が観察されたことがきっかけです。
これは、ボルバキアに感染したオスと感染していないメスとの交配でできた卵は殺される(発生しない)が、感染したメスの卵は正常にふ化するため、結果的に感染したメスの割合が集団内で高くなっていくという仕組みです。
その後の研究で、細胞質不和合はボルバキアが起こす宿主の生殖操作として最も一般的であることがわかりました。
「オス殺し」はなぜ起こる
1990年には、ある種の寄生バチにおいて、ボルバキアによる単為生殖が行われることが観察されました。単為生殖でメスがオスを必要とせずに次世代を残す場合、生まれてくるのは必ずメスです。ボルバキアは母系伝播をするため、オスがいなくても自身の世代をつなげることに問題はありません。
その後、1997年に、ダンゴムシでボルバキアによる性転換が発見されます。ボルバキアに感染したダンゴムシのオスは、遺伝子的(遺伝子型)にはオスのままで、見た目(表現型)は完全なメスになります。
ボルバキアの繁殖に貢献できないオスをメス化することによって、繁殖を効率的にすると考えられています。
「オス殺し」は2000年代になって研究が進みました。ボルバキアにとって不要なオスを殺すことで、メスに十分なエサがいきわたり、自身の増殖に有利になることからとられた戦略と考えられます。
これまでに、チョウ目の昆虫では、リュウキュウムラサキ、チャハマキ、アワノメイガなどで報告されています。例えば、アワノメイガはトウモロコシの害虫として知られていますが、ボルバキアに感染した母親が生んだ卵では、生まれるのはメスばかりという現象が起こります。発生の段階でオスのみが死んでしまうからです。
東京大学チームは、以前からチョウやガに対するボルバキアの「オス殺し」の実行因子とメカニズムの解明に取り組んでいました。これまでは、オス殺しの有力な候補因子は見つけられていたものの、作用の仕組みなどは不明でした。
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