イスラエルの歴史学者が語る「ハマス奇襲」の本質 ユヴァル・ノア・ハラリ氏「ポピュリズムの代償だ」

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私の99歳になる伯父と、その妻で89歳の伯母は、ベエリのキブツに住んでいる。そこがハマスの手に落ちて間もなく、まったく連絡がつかなくなった。2人は、何十人ものテロリストが暴れ回り、人々を惨殺している間、ずっと自宅で息を潜めていたそうだ。やがて私のもとに、2人が助かったという連絡があった。だが、多くの知人が人生で最悪の知らせを受け取った。

伯父夫妻はともに、たくましいユダヤ人だ。第1次世界大戦と第2次世界大戦の大戦間に東ヨーロッパで生まれ、ホロコーストですでに1つの世界を失っている。私たちは、身を守る術(すべ)のないユダヤ人たちが、ナチスの魔手を逃れるために戸棚の中や地下室に身を隠したが、誰も助けに来てくれなかったという話を聞いて育った。イスラエルは、このようなことが二度と起こらないようにするために建国された。

それにもかかわらず、なぜ今回の惨劇は起こったのか? イスラエルという国は、どうして道を見失ってしまったのか?

イスラエルの機能不全の真の原因は「ポピュリズム」

ある意味で、イスラエルの人々は長年の思い上がりの代償を払っているといえる。歴代の政権と多くの一般国民が、私たちはパレスティナ人よりもはるかに強い、彼らはあっさり無視できる、と感じていた。イスラエルがパレスティナ人との和解の試みを放棄し、何十年にもわたって数百万のパレスティナ人を占領下に置いてきたことは、厳しく非難されるべきだ。

破壊された建物の外にいるパレスチナ人住民。
ガザ南部で一晩中イスラエル軍の空爆を受け、破壊された建物の外にいるパレスチナ人住民(写真:Bloomberg)

だからといって、イスラム原理主義組織ハマスによる残虐行為は正当化できない。そもそもハマスは、イスラエルと平和条約を締結する可能性を容認したためしがなく、オスロ合意に基づく和平の進展を、ありとあらゆる手を使って妨げてきた。平和を望む者なら誰もが、ハマスを糾弾し、制裁を課し、人質全員の即時解放と、ハマスの完全な武装解除を要求しなくてはならない。

さらに、イスラエルにどれほどの責任を帰すことにしようと、それでこの国の機能不全を説明することはできない。歴史は道徳の物語ではない。イスラエルの機能不全の真の原因は、この国の不道徳とされているものではなく、ポピュリズム(大衆迎合主義)だ。何年にもわたって、イスラエルはポピュリズムの強権的指導者ベンヤミン・ネタニヤフが支配してきた。彼はPRの天才だが、首相としては無能だ。何度となく自分の個人的利益を国益に優先し、国民の内紛を誘うことでキャリアを築いてきた。能力や適性よりも自分への忠誠に基づいて人々を要職に就け、成功はすべて自分の手柄にする一方、失敗の責任はいっさい取らず、真実を語ることも耳にすることも軽んじているように見える。

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