ネタニヤフが2022年12月に樹立した連立政権は、最低であり最悪だ。それは、救世主メシア信仰の狂信者たちと厚顔無恥な日和見(ひよりみ)主義者たちの同盟であり、彼らは、治安状況の悪化をはじめ、イスラエルが抱える問題の数々を顧みず、際限なく権力を我が物にすることしか眼中になかった。その目標を達成しようと、極端な対立を招くような政策を採用し、その政策に反対する国家機関にまつわる言語道断の陰謀論を広め、国に忠誠を尽くすエリートたちに、「ディープステート(闇の政府)」の売国奴というレッテルを貼った。
政府は、外部からの脅威が高まっているさなかに、政策がイスラエルを危険にさらし、抑止力を損なっていると、自国の治安部隊や無数の専門家から繰り返し警告されていた。それにもかかわらず、イスラエル国防軍の参謀総長が、政府の政策が及ぼす治安上の影響についてネタニヤフに警告するために会見を求めると、ネタニヤフは会うことを拒んだ。それでもヨアヴ・ガラント国防相が警鐘を鳴らすと、ネタニヤフは彼の更迭を決めた。その後それを撤回せざるをえなくなったが、それは民衆が激しい怒りを爆発させたからにすぎない。ネタニヤフがそのような行動を長年取り続けたせいで、イスラエルが惨禍に見舞われる状況を招いたのだ。
イスラエルや、イスラエル=パレスティナ紛争をどう考えていようと、ポピュリズムがイスラエルという国家を蝕(むしば)んだことを、世界中の他の民主主義国家は教訓として受け止めるべきだ。
依然として破局を防ぐことができる
イスラエルは、自らが破局を迎えることを依然として防ぐことができる。イスラエルは、ハマスをはじめ、多くの敵たちに対して今なお軍事面で圧倒的な優位に立っている。ユダヤ民族の長い苦しみの歴史の記憶が、今、国民を奮い立たせている。イスラエル国防軍その他の国家機関は、当初の衝撃から立ち直りつつある。市民社会は、かつてないような形で立ち上がり、政府の機能障害が残した多くの隙間を埋めている。市民は長蛇の列を成して献血し、交戦地帯からの避難民を自宅に喜んで受け入れ、食物や衣料、その他の必需品を寄付している。
助けが必要な今このとき、私たちは世界中の友人たちにも支援を呼びかけている。これまでのイスラエルの振る舞いには、とがめるべきことが多々ある。過去を変えることはできないが、ハマスに勝利した暁には、イスラエルの人々は現政権に責任を取らせるだけではなく、ポピュリズムの陰謀論やメシア信仰の幻想も捨て去り、そして、国内には民主主義を、国外には平和を、というイスラエル建国の理想を実現するために、誠実な努力をすることが願われてやまない。
(訳・柴田裕之氏)
ユヴァル・ノア・ハラリ イスラエルの歴史学者、哲学者。ヘブライ大学教授。著書『サピエンス全史』『ホモ・デウス』、近著に「人類の物語 Unstoppable Us」シリーズなど(いずれも河出書房新社刊)。
*本寄稿文の英語版は、2023年10月11日、米ワシントンポスト紙に掲載された。
Copyright ©Yuval Noah Harari 2023(本寄稿文は、河出書房新社が日本語版権を取得しています)
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