母親の「子連れ出張」に理解が及ばない日本の現実 やる気があっても「出張できない」母親たちの苦悩

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名古屋大学・石川さんが学会の会報誌の座談会企画に参加した際、次のような声が出てきたという。

「子育て中でも学会発表をして、研究内容について意見交換もしたい。でも子どもがまだ小さく、連れていかざるを得ないが、そのための準備も大変」

「学会会場に子どもを預けられる託児ルームがあるのか、子どもが熱を出しても預けていられるのかどうかなど、不確定要因が多いと、発表申し込みまで踏み切れない」

「託児ルームはあっても、はじめて預ける場所で長時間子どもが過ごせるか不安。親が近く様子を見ながら調節できるのなら、諦めなくても済む」

「だったら、子連ればかりのセッションを作って、みんなで子どもを連れていってしまえばいいのでは」と提案して実現したのが今回の企画だったという。

名古屋大学・石川さんの双子の姉妹で、学会の執行部役員を務めたこともあった東京大学大学院新領域創成科学研究科准教授の石川麻乃さんは次のように話す。

「託児ルームが設置されるかどうかが判明する前にシンポジウムの企画締め切りがあったこともあり、せっかくなら、託児ルームがあってもなくても、子連れで参加できるセッションを企画してみようという話になりました」(東大・石川さん)

石川さん姉妹はともに1歳の子どもがおり、2人とも子どもを抱っこしながら発表した。

この進化学会の場合、託児ルームや授乳室も設けられたが、それだけではなく、誰でも使える休憩スペースの一角にもキッズスペースが設置されたという。

名古屋大学・石川さんは「子どもを産む前は、託児ルームに預ければいいじゃんと思っていたが、産んでみたら子どもにも意志や事情がある。子どもも一緒にいるんだけど、子どもがいる人だけが集まるのではなく、普通に研究の話もできるのがよかった」と話す。

ただ、「聴覚過敏など、子どもの存在により集中が妨げられる方などがいる可能性もあり、それはそれでマジョリティじゃないからと声を上げづらいと感じているかもしれない。すべてのセッションを子どもフレンドリーとすることがいいとは限らないので、静かに集中できる部屋と多少騒がしくてもそれを視聴できる別部屋を設けるなど、ゾーニングは必要だと思っています」と松前さんは話す。

企業における対応はどうなっているか

幼い子どもがいる場合、家庭内でケアをメインに担っている保護者にとって、出張を伴う仕事は悩ましい。預ける相手がいるか。いたとしても、長時間や宿泊を伴う場合、いろいろと教え込む労力もかかる。授乳中であれば、搾乳をしても胸が張ってしまって耐えがたい痛みを伴うこともある。

そのときに、もし連れていくという選択肢があれば、出張に行ける人がいる。「やむを得ず」の程度は子どもの特性や状況にもよって異なるが、子連れが可能なら行けるという選択肢を増やす意義がある。

一方、子連れの出張に対し、企業などの対応はどうなっているのか。

ある大手メディア関係企業の女性は、社内で初の海外への母子赴任者となった。赴任先の国から、近隣諸国に出張しなければならないことがあり、子どもを置いていけないと感じ、連れて行ったことがあるという。

「子どもの交通費はもちろん自費です。でも、海外ではホテルの宿泊が1部屋いくらと決まっていて、何人泊まっても金額が変わりません。なのに、出張申請をした際に子どもを連れていったことを伝えると、ホテル代は子どもの分も含まれているから支払えないと言われたことがあって……。そもそも、子どもを連れていかないといけない状況が想定されていない」と話す。

従業員が数人程度の企業では「うちは子連れ歓迎」と柔軟な場合もあるが、それは少数派。一方で、大手企業は出張手当などがもともと充実していることもあるが、親による子連れ出張が会社の制度として整っているところは少ない。

社員が仕事をするために必要な支援を充実させてきたP&Gでは、以前は、育児や介護などの理由で社員出張時の家族サポート等が必要だった場合、上限金額の範囲で、シッター料金、自宅サポート時の親の交通費などの発生したコストを会社が負担する制度があったという。

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