ジャニーズ会見は「井ノ原次期社長」への布石か? あえてゼロ回答で刷新後に新体制発足も

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ここまで書いたように、同社の「対応」は限りなく批判や疑問へのゼロ回答に近いものといえる。単に事実だけを伝えれば、批判への燃料投下以外何の効果ももたらさないほどの挑戦状ともいえる内容である。

謝罪や危機対応が単なる法律論では片付かないのは、それが人間が行うコミュニケーションだからである。事実認定は裁判所が行う行為であり、謝罪などの会見の目的はBCP(事業継続計画)にある。

これだけネガティブな要素しかない中で、なぜ会見を進めたのか。ここからは想像にすぎないが、同社は事態の深刻さを十二分に理解し、生半可な謝罪対応などでどうこうできるようなものではないと、明確に腹を括ったと考えている。

私は「謝罪は負け戦である」という定義をしている。負け戦とは勝ち目がないことを意味し、一発大逆転ですべてが好転し、皆が理解して支援してくれる……という状況にはどう転んでもなりえないという事実を受け入れなければならない。

事業継続の道を残すための伏線

ということは、この会見は前編であり、後編によって事業継続の道を残すことを目指したのではないか、今回の会見はそのための伏線ではないのかという想像である。

帝国と呼ばれ、日本の芸能界において絶対的存在となった同社の闇は、イコール芸能界の闇ともつながる。他社において同様のスキャンダルや犯罪行為がまったくなかったというのは無理がある。

そんな中で藤島社長が会見冒頭で初めて喜多川氏の犯罪行為を公式に認めたということは、きわめて大きな意味がある。この発言で今回の会見の役割は果たせたのである。

記者団からのツッコミ、責任や後任問題、株所有問題など、実務上の対応については、答えられなかった。ゆえに、歴史的に意味があるとはいえ単に故人の犯罪を今さらやっと認めただけで、事態が終息することはさすがにありえない。次のステップが用意されていなければBCPは成立しない。

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