自分は世間知らずだという自覚があり、大学に入学してすぐ「大海へ飛び出す気持ちで」、他の一般大学も参加する軽音楽サークルに入った。すると、音大生に引けを取らないほど上手に演奏をする人が、偏差値の高い大学の学生だったり、起業までしていたり。
「音楽を趣味だと割り切って、一流企業に就職していく様子を見て、“わー、こんな感じなんだ”ってカルチャーショックを受けました。自分は勉強も、スポーツも捨て、ほぼピアノだけに集中し、今があると思っていたので、彼らと出会って、自分の小中高時代はなんだったんだ、と思ってしまいました」
大学生になって、広がった視野。同時に卒業後、音楽で食べていくことの難しさも改めて知った。とは言え、教職課程を取り、教育実習にも行ったが、音楽の教員になる選択肢は選べなかった。「音楽の先生は素晴らしいお仕事だと思うのですが、自分が本気でやりたいかと問われれば、疑問に感じてしまいました」。
そこで、ピアノからはいったん離れる覚悟で、一般企業への就職活動を開始。音大では十分な情報が得られなかったので、サークル仲間がいる他大学の就職説明会に紛れ込んだり、説明会に登壇していた企業担当者にコンタクトをとってエントリーシートを見てもらったり。積極的に行動した結果、IT企業にサービスのプロデュースや企画職として就職できた。
パソコンを触ったことがなかった
だが、音大出身者は異例なうえ、自身はそれまでパソコンをまったく触ったことがなかった。
「おそらくポテンシャルで採用していただいたのだろう、と。それはありがたかったのですが、何もかもできなさすぎて、迷惑をかけてばかりだし、そんな自分が嫌になるし、どうしたらいいのかパニック状態。仕事を続ける自信がないから、1カ月分の通勤定期を買うことさえ怖くて、最初のころは毎日、切符を買って電車に乗っていました」
それでも上司や先輩たちに助けてもらいながら、どんな仕事にも全力で取り組み、知識やスキルを少しずつ身につけていった。「上司や先輩方には本当にお世話になり、愛情深く育てていただきました」。
仕事ができるようになると、自分は「ゼロか、100かの人ではないか」と思うようになった。「満遍なく、全部できるタイプではなくて、不得意なことは全然できないんだけれど、得意なことなら逆に、とんがることができる、と自己分析をしたんです」。
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