「診療に関連する死=医療事故」とはいえない理由 医師が解説「医療事故の仕組みと制度のこと」

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国語辞典で「医療事故」という単語を引くと、「医療の過程において発生した事故。医療従事者の過失による医療過誤や不可抗力による事故など。」(『大辞林第四版』松村明・三省堂編修所編)とあります。

「過失」は、「不注意・怠慢などのためにおかした失敗」で、国語辞典では故意に対する言葉になります。

ですが、その失敗は医療者個人によるものなのか、そうとは言い切れないのか、医師や看護師など複数のスタッフで構成される医療チームによる失敗なのか、否かなど判断はさまざまで、特定することは難しいものです。

さらに医療側と患者側に信頼関係が失われていれば紛争となって、民事責任の「不法行為」、あるいは刑事責任の「業務上過失」が争われこととなり、ますます難しい問題になります。

一方、法律上の「医療事故」は次のように定義されています。

「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であつて、当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかつたものとして厚生労働省令で定めるもの」(医療法第6条の10※当該管理者とは通常は院長のこと)

以下の図で示すように、この2つの状況を満たす死亡(死産)が医療事故となります。特に、厚生労働省のホームページには、「過誤の有無は問いません」と注意書きがあり、国語辞典とはそこが異なっています。

(図:厚生労働省のホームページを参考に筆者作成)

医療事故調査制度と「医療事故」

ただ、これを一般の方が読むと、さまざまな疑問が生じるのではないでしょうか。たとえば、以下のものなどいろいろ推測されます。

・死亡せずに障害が残った場合も医療事故ではないのか
・院長(管理者)が死亡を予期しているのなら医療事故ではないのか
・そもそも院長(管理者)が専門とする医療分野以外の診療の場合、死亡を予期できるのか
・医療を受ける前に、院長からも担当医からも死亡を予期するとは聞いていなかったのであれば、医療事故ではないのか

これらの疑問を解決する前に、そもそも医療事故とはどういうものなのか、見ておく必要あります。

実は、日本の法律で「医療事故」が定義されたのは比較的最近です。2014年6月18日に医療法が改正された際に、「医療事故調査制度」(2015年10月1日施行)の発足に向けて定義されました。

医療事故の対応に関する議論は、医療界は言うに及ばず、患者団体、法曹界、政官界、マスコミを包含した社会的な課題として熱心に行われ、長い年月の協議を経て、国会で決定されました。

次ページ日本における医療事故の歴史
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