大奮闘の三陸鉄道、被災者の足に--震災5日後に一部運転再開、赤字なのに運賃無料


 地震の翌日、望月正彦社長らは宮古駅から線路沿いに1キロメートル程度歩いてみた。「早期に復旧できる」。手応えを感じた望月社長は、翌13日には普代駅まで自動車で被害状況を見て回った。途中駅の田老の町の惨状を見た望月社長はこう思った。多くの人が家を流され、自動車を失ってしまった。ガソリンも入手困難だ。三陸鉄道は地域の生活の足となることを目的に設立された。今こそ、その使命を果たさないと──。

久慈側でも陸中野田まで歩いてみた運転士から被害軽微という報告があった。そこで、「全体の被害把握よりも復旧を優先しよう」と、決断。目視で被害が大きそうな区間の点検作業を後回しにして、復旧できそうな区間に全力を注いだ。

地震のわずか5日後の16日、他の多くの路線が運転を見合わせる中、三陸鉄道はいち早く久慈-陸中野田間を運転再開させた。20日には宮古-田老間を再開。28日には宮古-小本間に運転区間が延びた。

車両基地が久慈側にあるため、宮古側で動かせる列車は地震当時、宮古駅に停車していた1両のみ。列車不足から1日3往復しか動かせない。それでもほかに交通手段がない人にとっては貴重な移動の足だ。

赤字会社ゆえに運賃収入はのどから手が出るほど欲しいはず。だが、「今は運賃をもらうよりも地域に役立つことを優先したい」。運賃無料の復興支援列車はこうして生まれた(4月からは臨時割引運賃で運行)。

信号が復旧せず手旗信号で進む

宮古駅を出発した列車は時速25キロという超ノロノロ運転で進む。信号が壊れているため、線路脇にいる保安員が手旗信号で合図を送っている。内陸部やトンネル区間では被害はあまり感じられない。だが、運転士が500メートルごとに行っている鉄道無線のテストでは、雑音しか聞こえない区間もある。

 

 

 

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カーリング人気萌芽の時代から、平昌五輪での銅メダル獲得まで戦い抜いてきた著者。リーダーとして代表チームを率いつつ、人生の一部としてカーリングを楽しめるにまで至った軌跡や、ママさんカーラーとして子育てで得た学びなどを語る。