YCCの見直しには、金融緩和の後退だと意味づけされて大幅な円高を招くリスクがあるし、長期金利が動くと「やれ住宅ローン金利がどうした」などというつまらない報道が金融引き締めを印象づける可能性がある。
また、大量に抱え込んだETFをどう始末するのかに関しては、いずれは何とかせざるをえないと思うが、植田総裁といえどもいいアイデアがあるとは思えない。だが、今すぐに処理しなくても金融政策の大勢に影響があるとも思えないので、後回しは可能な選択肢だ。
後述のようにメディアは緊縮・引き締めが好きだ。ともすれば「金融緩和を後退させた」と印象づけたがるメディアに、材料を与えることは得策でない。
「フィリップス曲線の上昇シフト」を待つ
植田氏が日銀総裁に就任して早々に打ち出した、「1年半程度の期間をかけて過去の金融政策について検証を行う」という方針には、発表当時、「人を食った話だな」と驚いた。「検証など学者の時代に済んでいるのではないか」「この人は金融政策の変更をヤル気がないのではないか」と少々失望したのが、正直な気分だった。
その後にわかったことは、「1年半」はしばらく動かないという宣言として適切だったということと、「検証」はさすがに結論のメドをすでに得ていたのだなということだった。
5月19日に内外情勢調査会で行われた植田総裁の講演およびその図表を見ると、話をほぼフィリップス曲線に絞って、学生でもわかるくらいに金融政策に関する認識と方針をわかりやすく説明している。
これから行われる日銀の「検証」作業は、大学では教授が教えるのではなく学生にレポートを書かせることが大事であるのと同様に、日銀の手で総括を行うことが重要だという趣旨なのだろう。日銀マンに経済学を学び直しさせる「リカレント教育」なのかもしれない。
植田総裁が目指しているのは、あくまでも後述するフィリップス曲線の上方シフトだ。現在のフィリップス曲線に沿って景気を上げ下げしてインフレ率を「2%」に調整しようとするものではない。そして、そのためには2〜3年の月日がかかってもまったくおかしくない。そこそこの賃上げが伴うことが望ましいが、むしろ今年も含めて3年くらい2%超えのインフレ率が続いてちょうどいいくらいのものだろう。
フィリップス曲線は、縦軸にインフレ率を、横軸にオリジナルでは失業率だが、失業率と強く相関するマクロ経済変数を取って両者の関係を表す、通常は右上がりの曲線だ(講演の図表で確認されたい)。
今回の植田氏の図表では、横軸にはマクロ的な需給ギャップを取っている。右に行くほど需要超過(好況)で、左に行くと需要不足(不況)の状態を表す。
長期的な理想は、フィリップス曲線が上方シフトして、需要が不足でも超過でもない状態でインフレ率が「2%」の近辺に来ることだろう。
消費者物価指数で見た現状の3.4%(前年比)は、目標よりも高いが、当面は主に供給要因によるフィリップス曲線からの上方乖離だと説明しつつ、これに対して対策に乗り出すつもりはなさそうだ。
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