しかしエントロピー、すなわち無秩序さが増大するという傾向が厳密に当てはまるのは孤立系だけで、周囲と相互作用する物体には必ずしも当てはまらない。
生命はそのようなシステムである。食べ物を食べたり太陽光を吸収したりして周囲と相互作用しており、その行動によってエントロピー増大の法則に打ち勝つことができる。
塩の結晶を屋外に置いておいたら、いずれぼろぼろになるか、雨で溶けてしまうかするだろう。しかし生物は、自身の崩壊に抗う行動を取る。それが生命を規定する特徴である。
シュレディンガーいわく、生命は、エントロピーを増大させようとする自然の傾向に積極的に逆らう物体である。
生命を維持するための戦いはさまざまなレベルで繰り広げられている。生命の「原子」と呼べるのは我々の身体を作る細胞で、1個1個の細胞がエントロピーの増大を食い止めるためのプロセスを実行している。
しかしそれも永遠にうまくいくわけではない。極端な高温や低温、あるいは害のある化学物質にさらされると、崩れてばらばらになり、生命としての短い一生を終えることがある。聖書にあるように、灰から灰へ、塵から塵へと壊れていくのだ。
多細胞生物の場合、無秩序との戦いはもっと大きなスケールでも繰り広げられる。動物では脳や神経系が臓器や体内プロセスを制御して、その作用をあるパラメータの範囲内に維持することで、それらが円滑に働いて生命が維持されるようにしている。
「ホメオスタシス」という能力
脅威となりうる環境変化に直面しても生物や1個1個の細胞が内部の秩序を維持する能力のことを、「ホメオスタシス」という。
この言葉はギリシア語で「同じ」や「安定」を意味する単語に由来していて、医師のウォルター・キャノンが1932年に著した『からだの知恵』によって広まった。
この本には、人間の身体が体温を維持し、血中の水分・塩分・糖・たんぱく質・脂質・カルシウム・酸素などの濃度を許容範囲内に保つしくみが詳しく述べられている。
ホメオスタシスが乱されるのを防ぐには、たえずモニタして調節している必要がある。
ミクロレベルでは、細胞が内部の状態と外部の条件を感知し、長い歳月を経て進化した一定のプログラムに従って反応する。
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