マイケル・J・フォックス「栄光から闘病」経た現在 パーキンソン病の症状は悪化も、胸中は「感謝」

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しかし、そうした努力の甲斐はあった。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は爆発的にヒットし、フォックスは一躍、世界的スターになったのだ。以後、映画のオファーも続々と訪れたが、『ファミリー・タイズ』も順調に続き、途中からキャストに加わったトレイシー・ポランと恋に落ちて、1988年に結婚。結婚式の1カ月後、トレイシーは最初の子供を妊娠した。

順風満帆な人生に衝撃が訪れたのは、1991年のことだ。体の小さな異常に気付いて医師を訪れたところ、パーキンソン病と診断されたのである。主には高齢者が診断される病気だが、フォックスはまだ20代後半。しかも、時間が経つにつれて悪化する病気で、治療法はないという。

この重大な事実を知るのは家族のみ。仕事は、症状を抑える薬をこっそり飲みながら続けた。それでも心の中にある恐怖は抑えつけられず、アルコール依存症に陥る。妻の支えもあってまもなくそこから立ち直り、1996年には新番組『スピン・シティ』が始まった。しかし、観客を入れて撮影するシットコム番組の主演をこなすのはかなりのストレスで、病状は悪化。診断から7年後、ついにフォックスは、病気について公表すると決意した。

マイケル・J・フォックス Still
家族と談笑するマイケル・J・フォックス(c)APPLE TV+

以後、フォックスは、パーキンソン病の患者のために積極的な活動を続けてきている。1999年には、この病気のリサーチのために政府からの資金を要請すべく、上院の委員会でスピーチをした。議員にリアルな症状を見てもらうため、彼はあえて薬を飲まないで出席している。2000年には、マイケル・J・フォックス財団を設立。パーキンソン病の治療法開発を目指すこの財団は、これまでに15億ドルもの資金を集めた。その努力は実り、ここから資金提供を受けて研究を続けてきた科学者たちは、最近、パーキンソン病の生体指標を発見したと発表している。

「これですべてが変わる」と、テレビのインタビューで、フォックスは興奮気味に語った。「5年もすれば、あなたがそれを持っているのか、将来この病気になる恐れがあるのか、教えてもらえるようになる。そして治療も受けられるようになるんだ」と、フォックス。

彼の前向きな姿勢は、彼自身だけでなく、世の中のすべての人たちに良いことをもたらしたということ。フォックスの出演作がこれからも人々に愛され続けるのは、間違いない。だが、彼の功績は、それよりずっと大きい。この映画スターは、スクリーンの外で、生き方という重要な教訓を教えてくれるのである。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。
X:@yukisaruwatari
 

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