技能実習制度「廃止」の議論に喜べない2つの理由 有識者会議の報告書案が残した「人材育成」の盾

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それにもかかわらず、一部の受け入れ企業や監理団体では法令遵守の意識が乏しい。「人材育成」という名目を盾に、「実習生は妊娠すべきではない」といった考え方が蔓延しているからだ。

出入国管理庁が2022年12月に公表した調査によると、送り出し機関や監理団体などから「妊娠したら仕事を辞めてもらう」などの発言を受けたことがある実習生の割合は、26.5%に上った。過去には実際に、妊娠が発覚したことで強制的に帰国させられた実習生も存在する。

今回の報告書案が積み残した大きな課題はもう1つある。実習生の人権侵害を防止・是正できない「監理団体」に対する処遇だ。

監理団体は、外国の送り出し機関から技能実習生を受け入れ、企業に紹介する役割を担う。非営利団体が多いが、中には送り出し機関に接待やキックバックの要求をする悪質な団体もあり、それらが実習生の借金にもつながっている。

報告書案は、新制度で「人権侵害等を防止・是正できない監理団体を厳しく適正化・排除する必要」があると記したものの、「悪質な監理団体の基準の議論すらされていない。現状の制度では監理団体も企業も適切に罰せられず、一元的に監督する機関である外国人技能実習機構も、その役割を果たせていない」(日越ともいき支援会の吉水代表)。

制度改革で必ず誰かがデメリットを被る

現在、監理団体は全国に2000近く存在している。岐阜一般労働組合で実習生のシェルターを運営する支援などを行う甄凱(けんかい)氏は、「国が監理団体を適切に管理できないのであれば、ハローワークを介するなど、別のマッチング手段も検討すべきだ」と主張する。

しかし監理団体の取り締まり強化や、監理団体を介さないマッチング方法の導入など、制度を抜本的に変えるには反発も予想される。監理団体は実習生1人当たり、月3~5万円の監理費などを受け入れ企業から受け取ることで運営しているからだ。

国士舘大学の鈴木教授は「すでに日本の産業構造に根付いた実習制度を大きく変えれば、必ず誰かがデメリットを被る。そのために見直しが引き延ばされてきた結果、実習生が自殺や死産に追い込まれ、多くの命が失われてきた」と指摘する。

厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所は4月26日、2070年に国内の人口が8700万人にまで減少し、その1割が外国人になるとの推計を発表した。少子高齢化が続く一方、実習生や留学生などの外国人の転入は増える見込みだ。

若い働き手を外国人に頼る構造は、今後ますます顕著になるだろう。技能実習制度が創設されてから30年の間、多くの問題が看過されてきた。「人材育成」を盾にした転職の制限や、悪質な監理団体の排除ができなければ、人権侵害のリスクはくすぶり続ける。新制度で痛みを伴う改革に踏み切れるかが、焦点となる。

兵頭 輝夏 東洋経済 記者

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ひょうどう きか / Kika Hyodo

愛媛県出身。東京外国語大学で中東地域を専攻。2019年東洋経済新報社入社、飲料・食品業界を取材し「ストロング系チューハイの是非」「ビジネスと人権」などの特集を担当。現在は製薬、医療業界を取材中。

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