中国エリート「大企業よりプチ肉体労働」選ぶ事情 長時間労働という泥沼生存競争からの大脱走
こうした転職を推す人々は、残業もなく、それほど競争的な雰囲気ではない点のよさを挙げる。そうした変化には犠牲が伴うことも認めたうえで、だ。劉は、以前の仕事を辞める前に1万5000ドルほどの貯金を用意し、支出も大幅に切り詰めた。
それでも、精神が枯れ果てていくような以前の仕事から逃れられると思えば、そうした犠牲を払う価値はあると言う。言うことを聞かない犬と格闘しながらトリミングする肉体的な疲れのほうが、上司から一方的に押しつけられたデザインの仕事の精神的な疲れよりもはるかにましだ、と劉は言った。こうした人々の多くが探しているのは、建設現場や工場などでのきつい肉体労働ではなく、軽い肉体労働だ。
新型コロナウイルスのパンデミックは、世界各地で人々が仕事の価値を見直す機会をもたらした。アメリカの「大退職時代」がその典型だ。だが中国では、若者の失望に拍車をかけている要因がとくに目立つ。長時間労働や威圧的な上司は当たり前。経済も失速しており、爆発的な成長しか知らずに育ってきた若者世代は、自分たちの出世について以前ほど明るい展望は描けなくなっている。
そうした状況を際立たせたのが、3年間にわたる中国の「ゼロコロナ」規制だ。多くの人々が長期にわたるロックダウンやそれに伴うレイオフを堪え忍ばざるをえなくなり、どれだけ頑張って働いても将来は自分の力ではほとんど決められないという現実を突きつけられることとなった。
「感情面ではたぶん、もう誰もこれ以上耐えられなくなっていると思う。パンデミック期間中、家に閉じ込められるなど、不公平でおかしなことをたくさん目の当たりにしてきたからだ」と劉。
競争社会で生まれた新種の「寝そべり」
オフィス仕事を捨てる転職現象は、会社での報われない生存競争のくだらなさをめぐる議論にまたしても火を付けるものとなっている。2年前にも、仕事を辞めて人生を楽しもうという類似の呼びかけがオンラインで広まったことがあった。「寝そべり主義」と呼ばれるものだ。
こうした動きに批判的な人々からは、親の投資を無駄にしている、中国が強国になれた理由の1つである勤勉さの放棄だ、といった声が上がる一方で、別の人々からは、消費主義による成功への道だけを優先する価値観が幻滅を招いているのだ、といった声も聞かれた。