そして「トワイライト」は伝説になった 誰も知らない豪華寝台列車「ラストラン」秘話

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やがてパブタイム用のメニューは底をつくと、本来下り札幌行き用のランチタイムメニューであるオムライスが提供された。トマトソースは豊富にあり、卵とライスさえあれば提供が可能。前日から、「パブタイムはオムライスで行こう」と決め、十分な数の卵を仕入れてあった。最後のお客が帰った時には、深夜2時を回っていた。

食堂車以外でも、この日は特別な空気に包まれていた。2号車では、スイート、ロイヤルの乗客がスイートルームに集まり、ルームサービスを利用して立食パーティーを開催。

4号車のサロンカー、「サロン・デュ・ノール」では車掌も参加してのジャンケン大会が開催された。乗車証明書ならぬ「乗務証明書」を作成し、乗務員に進呈する乗客もいた。それぞれが、思い思いにトワイライト最後の夜を楽しんでいたのである。

サロン・デュ・ノールでは深夜1時過ぎまで乗客と車掌による交流が行われていた(乗客提供)

人・人・人・・途切れなかった「手を振る人々」

日本海に沿って走ってきた列車は、早朝4時40分、新津駅に停車した。まだ外は真っ暗だが、ホームでは小さな男の子が列車に向かって手を振っていた。

普段なら所定の寝台で仮眠を取るクルーたちも、この日ばかりは一睡もしていない状態で朝食の時間を迎えた。発車後に注文を取る朝食は、元々十分な量を搭載しており、所定のメニューを提供できる。45分ずつ数回に分けて提供し、最後の回が終わる頃、室巻マネージャーと三浦チーフが挨拶に立った。

「皆さまは、トワイライトエクスプレスでお料理を提供させていただく最後のお客様です」

「空輸トラブルで食材が変わり、ご迷惑や不手際もあったかもわかりませんが、その分腕によりをかけてご提供させていただきました」

乗客から、「美味しかったよ!」という声が上がる。クルーたちは安堵し、列車が終着駅に近づいていることを実感した。

列車は、北陸本線を走っている。窓の外には、絶えずトワイライトエクスプレスに向かって手を振る人の姿がある。中には、手作りの横断幕を振る人もいた。沿線に暮らしている、元クルーだった。

京都駅を発車すると、いよいよラストラン。車掌が最終運行の挨拶を車内放送で行い、室巻マネージャーと三浦チーフも、サロンカー「サロン・デュ・ノール」でもう一度挨拶を行った。乗客たちからは拍手が起きた。

次ページ「トワイライト」の伝説は引き継がれる
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