そして「トワイライト」は伝説になった 誰も知らない豪華寝台列車「ラストラン」秘話

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夜になり、新千歳空港の閉鎖が解除されると、大阪から「増援」として2人のクルーが到着した。ラストランの食堂車クルーは、これで厨房5人、ホール7人の総勢12人。通常は厨房・ホール各3人の6人が基本で、下り最終列車でも10人だ。総勢12人という体制は、トワイライトエクスプレス始まって以来の大所帯となった。

増援組の一人、村井智彦氏は、三浦チーフの顔を見ると照れくさそうに笑った。彼は、ラストランの乗務を熱望しながら一度は叶わず、列車内で待機中の三浦チーフにメールを送っていたのだ。そこには、「100年後も語り継がれるであろうトワイライトエクスプレス」への熱い思いが綴られていた。

クルーだけの夕食は、会社のはからいで全員揃って札幌市内のジンギスカン店へ。みんなで同じ料理をつつき、「明日は頑張ろう、トワイライトの有終の美を飾ろうじゃないか」と誓った。

全額返金、無料提供となったディナー

翌12日、ラストラン当日。クルーたちは食材を持ってタクシーで車両基地に移動し、列車に乗り込むとすぐに準備を始める。札幌駅に入線する頃には厨房は戦場だ。約1000人が集まったホームの状況や、14時05分の出発時刻を気にする余裕はなかった。

ラストランという特別な状況に加え、食材の現地調達によって作業の段取りも普段とは大きく異なる。厨房には前夜ホテルで作成した段取り表が掲示され、通常17時30分から始まるディナーは30分遅らせて18時からのスタートとされた。

「本日のディナーは、都合により内容に多少の変更がございます。本来お約束した内容と異なりますので……」

室巻マネージャーが、乗客に説明した。

「お食事代は全額返金させていただきます」

実はディナーの全額返金、無料提供は、前日伊福部部長から三浦チーフに電話があった時から、会社の方針として決まっていた。

トワイライトエクスプレスのディナーは、2月1日以降、辻調理師専門学校でフランス料理技術顧問を務める西川清博氏らがプロデュースした「さよなら特別メニュー」が提供されている。

2月1日からの本来のディナーは「さよなら特別メニュー」だった(ジェイアール西日本フードサービスネット提供)

しかし、現地調達した食材で提供されたメニューは、どれだけ工夫を重ねても本来のレシピとは異なる。料理人のプライドとしても、また西川氏への礼儀から言っても、所定の代金を受け取るわけにはいかなかった。

「やるだけのことはやりましたが、自分の責任で料理を提供し、お客様の反応を見るというのは初めてのこと。怖くもあり、緊張しました」(三浦氏)

乗客からは、「何が変わったのかわからない。このまま代金を払わせて欲しい」という声があがった。

「その声を聞いて、ホッとしました」(同)

90分×2回転のディナータイムは無事終わり、続いて予約不要のパブタイムが始まった。リーズナブルに食事ができるとあって、毎回通路には順番待ちの列ができる。通常は23時ラストオーダーだが、この日は「並んだお客様には、食材がある限り何時まででも提供しよう」と決めていた。

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