「カネで解雇を買う日」は本当に来るのか 労働者は泣き寝入りするしかない?

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企業間の競争が激しくなる中で、解雇や賃金切り下げをめぐり、裁判や全国の労働委員会で争われる労使紛争は絶えないが、日本の労働法規は解雇の条件を厳しく制限している。労働契約法には、使用者が解雇を行う場合に、「客観的に合理的な理由と社会通念上相当と認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効とする」との規定がある。そして恣意的な解雇は判例の積み上げによって規制されてきた。

一方、安倍政権は雇用の流動化を成長戦略に掲げている。そこで、解雇の規制緩和を推し進めるための突破口と狙うのが、規制改革会議による今回の金銭解決制度の提言である。

実際は職場に戻れず退職するケースがほとんど

解雇が労働法規で厳しく制限されていると言っても、「表に出てきていないだけで、実際は法に沿わない解雇をしている企業は少なくない。その場合は解雇された側が泣き寝入りするケースが多い」と、労働問題の専門家が口をそろえる実態もあり、金銭解決制度ができれば、労働者にとっても一定のセーフティネットになるという見方はある。

ただ、このまま制度が導入されるのは危険な側面もある。当初は制度上で労働者側にしか金銭解決を求める権利がなかったとしても、実質は会社側の思惑に近い格好で、意にそぐわない労働者を解雇に追い込むことも可能になり得るからである。

どういうことか。解雇をめぐる裁判では、「労働者が勝っても、現実的に職場に戻れずに退職するケースが大半を占める」とは厚労省労働基準局が2005年に『週刊東洋経済』の取材に対して示した見解だ。

解決金制度が導入され、会社がカネを払って辞めさせることを前提として解雇に踏み切れば、労働者が職場に戻るのはこれまで以上に難しくなりかねない。裁判には多額の費用と長い年月が必須。再就職で日銭を稼がなければならない労働者にとって、そこまでして争うのは負担が大きく、泣き寝入りさせられるケースだってありえる。

企業にとって働きの悪い、能力の低い従業員を解雇するためには、もっと法的な枠組みが必要だという理屈はあるかもしれない。ただし、このような制度をいたずらに導入すれば、経営者にとって都合の悪い、言うなればウマが合わないという理屈だけで、人格や能力を問われずにいきなりクビを切られる労働者が続出する可能性も否定できない。日本労働弁護団の戸舘圭之弁護士は「使用者がカネを払って合法的に辞めさせることに使われかねない」と指摘する。慎重な議論が求められるところだ。

武政 秀明
たけまさ ひであき / Hideaki Takemasa

1998年関西大学総合情報学部卒。国産大手自動車系ディーラーのセールスマン、新聞記者を経て、2005年東洋経済新報社に入社。2010年4月から東洋経済オンライン編集部。東洋経済オンライン副編集長を経て、2018年12月から東洋経済オンライン編集長。2020年5月、過去最高となる月間3億0457万PVを記録。2020年10月から2023年3月まで東洋経済オンライン編集部長。趣味はランニング。フルマラソンのベストタイムは2時間49分11秒(2012年勝田全国マラソン)。

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