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東急の祖「五島慶太」は本当に“強盗"だったのか 創立100年で見直される「乗っ取り王」真の姿

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  • 森川 天喜 旅行・鉄道作家、ジャーナリスト
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しかし、竹内氏は「乗客の利便性向上のために各鉄道会社が相互乗り入れするのが当たり前となっている今日的な視点で見れば、むしろ五島の先見性こそが評価されるべき」とし、また、「今回の100年史編纂を通じて、五島は”役人”だったということを再認識した」という。

「個々の会社の利益という視点を超え、大都市圏全体を見渡した合理的な視点で物事を見ている。小さな鉄道会社が乱立する状況は、利用者の利便性に反するのみならず、競合路線が生じて二重投資になるなど資本の無駄使いなので解消すべきという考え方は、生涯一貫している。こうした点は、きちんと評価されるべきだ」(竹内氏)

「2代目」はどう評価したか

その後の戦時統制下の”大東急”の形成(京浜、小田急、京王等を吸収合併)、戦後の箱根観光の主導権を巡る強盗慶太vsピストル堤(西武グループの創業者、堤康次郎)の「箱根山戦争」は世間の語り草となった。

このような五島慶太という人物を、子息で東急の社長を継いだ五島昇はどう見ていたのだろうか。『五島慶太伝』の巻末に「父に願うこと」という文章が寄せられており、その中に以下の記述がある。

「父が今後の余生をできるだけ罪ほろぼしに心掛けることである。三十余年間、父は遮二無二、事業の鬼となり、目的のため時に手段を選ばずやってきたが、このために、犠牲になった人がいる。一将功成って万卒枯るの思想は、父の通ってきた時代には大体通用したようだが、今日では完全に過去の遺物である。」

大局的な視点で事業を推進し、「結果」を残したとはいえ、その「手段」が決して褒められたものでないというのは、身内からの評価においても同様だったのである。しかし、一方で今日の政治・経済の行き詰まりの状況を見れば、このような強力なリーダーがいなければ、物事は何も決まらず、進まないのだという感覚を少なからぬ人が抱いているのではないか。

さて、『東急100年史』はウェブで順次、公開されており、本稿で紹介した以外にも、50年史で触れられていない事実や視点が盛り込まれているなど、興味深い内容になっている。筆者も、今後の原稿執筆の際には大いに参考にさせてもらおうと思っている。

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