今は昔「箱根山戦争」、小田急・西武が築く連携

「協調路線」でコロナ禍を乗り越えられるか

今は静かな芦ノ湖が、かつて「箱根山戦争」の主戦場になった(筆者撮影)

1960年の箱根ロープウェイ開業により完成した「箱根ゴールデンコース」が、今年9月7日に開通60周年を迎えた。同コースは、小田急系の箱根登山鉄道、ケーブルカー、ロープウェイ、観光船(海賊船)、バスを利用して箱根を周遊する箱根の人気観光ルートだ。

この箱根ゴールデンコースは、かつて小田急グループと西武グループが箱根を舞台に熾烈な競争を繰り広げた「箱根山(交通)戦争」の産物なのである。近年は過去の争いを乗り越えて連携が進む両グループだが、コロナ禍の影響で箱根観光全体が苦しい状況にある中、今後に向けた新たな展開も求められつつある。

東急vs西武「巨頭」の争い

箱根山戦争自体、半世紀以上も前の出来事であり、知らない読者もいるかもしれない。簡単に言えば箱根山戦争とは、昭和20年代前半から始まった、東急グループ総帥の五島慶太氏と西武グループ総帥の堤康次郎氏という鉄道業界の巨頭同士による、箱根を舞台にした縄張り争いである。

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争いの構図としては、小田急とその背後にいる東急vs西武ということになる。小田急電鉄は1948年に、戦時統制下で複数の私鉄を統合したいわゆる大東急から独立したが、社長には分割前の東急で副社長を務めた安藤楢六(ならろく)氏が就任し、依然、東急の影響を大きく受けていた。一方の西武は1945年に旧武蔵野鉄道と旧西武鉄道が合併し、新たな西武鉄道(当初は西武農業鉄道)が発足していた。

両者のうち、早くから箱根に着目し、投資していたのは西武の堤氏である。堤氏は1920年に箱根土地(後のコクド、2006年にプリンスホテルに吸収)を設立。箱根の広大な土地を入手し、別荘開発等を行っていた。また、傘下の駿豆鉄道(現・伊豆箱根鉄道)を通じて、1930年頃から熱海峠―十国峠―箱根峠間など、箱根エリアの3本の自動車専用有料道路の建設に着手した。

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