「一部」との関係が難しい
私たちには、「社会的相対性」という性質が備わっている。これは、自分のことを常に「他者との関係」で把握しようとする習性で、仕事・プライベートあらゆる面で他人を尺度に自己評価を下しがちだ。
私が以前勤めたモルガン・スタンレーも例外でなく、マネジング・ディレクターたちは絶えず互いに比較しあっていた。賃金、オフィススペース、部下の人数……ひたすら互いにどれだけ優れているか、そして優れているべきか、常に気にして争っていた。
「人と比べる罠」は、私たちの生活に深く浸透している。仕事で結果を強く求める人は、とくにかかりやすい傾向にある。
職業問わず野心的に仕事を進める人が、自分の仕事をほかの人の仕事と比べて判断しようとし、「比較の罠」にはまってしまう光景を何度となく見てきた。
ある病院の幹部から、「医師同士がうまくやれていない科がある。そこ(外科)は険悪なムードで、互いに口を利かない医師もいる」と打ち明けられたことがある。
この幹部は私に尋ねた。
「人とうまく付き合えないということではないと思うのです。どの医師も患者と患者の家族とは親身になって話します。ですが、病院内の自室やほかの外科医の部屋に近づくと、まるでジキルからハイドのようにおそろしく変貌するのです。若い医師は、年上の医師たちの接し方を見て、この部署への配属を希望しません。どうしたらいいでしょう?」
医師を一人ひとり観察すると、なぜほかの医師に強い嫉妬を覚えるかといえば、自分こそが病院の最高位の医師になりたいという強い思いがねじれた結果、自分以外の人間の成功やその兆しにすら苦い思いを抱くようになっていたことがうかがえた。
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